旅館 くらしき
    2011年2月平日ウィンタープラン利用滞在レポート

 旅館くらしきは倉敷美観地区の中心部と言って良い辺り、水路の曲がり角にかかる橋のたもとにありました。(イメージ左側は大原美術館前から、旅館倉敷方向を撮影。右側が旅館くらしきの正面。)

 宿の前に広がるのは、右も左も倉敷川に沿って立ち並ぶ白壁の家並みという、理想的なロケーションですが、日帰りも出来る大原美術館鑑賞の旅の宿に、我家が旅館くらしきを選んだのは、立地を重視したからではありません。
 立地はあとから判ったメリットのひとつでして、決め手は,バス、トイレ、ベッドルームつきの客室と、部屋で頂く夕食でした。いにしえの商家や民家を前身に持つ宿は他にもありましたが、長い年月を経て在る物が醸し出す風情とともに、現代の快適さが期待できそうな宿が、ここ、だったのです。元々は20数室あった客室を、(17室で営業していた時期もあったそうです。)5室に減らして、ホテル流に言えば全室スイート仕様に改装した結果の客室に、我家はひかれたのでした。安心したというべきかもしれませんね。
 旅館くらしきの公式HPでは、5室全ての特色が、イメージ、全体間取り図つきで紹介されていますから、詳細はそちらをご覧頂くとして、我家が案内された松の間は、手前のベッドルーム、奥の座敷を繋ぐ部分に水回りの設備がありました。間取り図ではバスタブの位置が違っていて、実際には坪庭に平行に設置されたバスタブ(ジェットバス機能付き)につかりながら、窓から外、そしてガラス戸越しにベッドルームが見えるという趣向でした。
 

 
 上イメージ左から、ベッドルーム内からの視線。向かいの白壁に切り取られた長方形の窓にそってバスタブがあります。アメニティは籠に和紙敷き仕様。女性用にはミニブラシ、男性用には櫛を...というように男女別々に用意されていました。座敷の奥のフロアにあった調度品は、ロッキングチェアにガラスのキャビネット、レトロな椅子とカフェテーブル。椅子が背にしている壁は、レンガ摘みに格子窓がはめ込まれていました。 

 ベッドルーム(右イメージ)には、化粧台を兼ねた鏡つきキャビネットと、液晶テレビがありました。
 寝台は少し低めで、寝具は羽毛のコンフォーター。ベッド下方にかけられていたウールの毛布が余分な気もしますが......多少の重みで足元からのすきま風を防止する役割にはなっていたようです。さすがに...2月、床は冷たかったですが、ペッタンコの室内用スリッパ(革製でしょうか?)は履き易く、冷たい床から素足を保護する効果も大きかったです。ちなみに、スリッパを持ち込みにくい座敷の奥のフロアにはラグが敷かれていました。(左下イメージは、ベッドルームを出た廊下から奥の座敷に向う視点)
 
 話が前後しますが、チェックインらしき手続は、テラス(宿泊者専用のラウンジのようなスペース)で行われました。
 旅館くらしきの館内図では、ロビーもフロントもあるのですが....待ち合いスペース的なロビーはともかく、フロントは....判らず終いでした。玄関から入った宿泊者が、客室、離湯、レストラン、テラスと移動する動線からは外れている気がします。チェックアウトは客室で行われますし、宿泊者自身にとっては格別必要な場所でもないんですね。
 一方、テラス....観光地や温泉街の大型旅館は別として、老舗、名旅館等の冠を頂く従来の旅館には無いゲスト用のパブリックスペースは、なかなか有益な一角だと感じました。

 旅館側からテラスに案内されるのは、到着時と、朝食後(朝食は通路を挟んでテラスの横にあるレストランで)のデザートタイム(水菓子と飲み物のサービス)の2回でしたが、夜は0時まで、朝は忘れましたが、朝食前から宿泊者に解放されていました。

 倉敷は温泉街ではないせいもあってか、大原美術館をはじめ,美観地区の観光客が立ち寄るスポットの殆どは17時でしまってしまいます。街灯のともった倉敷川沿いをそぞろ歩くにしてもさほどの時間を要しないわけで、つまりは宿で過ごす時間が結構あるんですよね。もちろん、お風呂に入って、夕食を頂いて...と過ごす分には持て余す程ではありませんが、それでもあてがわれた客室の他に利用できるスペースがあるのは、いいじゃありませんか。
 我家も、3時間余りかかった夕食のあとで、珈琲を飲みにテラスに出向きました。テラスにはヨックモックのクッキー類と、オリジナルの和菓子と、和三盆仕様の干菓子など、飲み物に関しては、デロンギのコーヒーメーカー、(豆はおそらくお隣の倉敷珈琲館で焙煎されたもの)抹茶(抹茶茶碗、茶筅等一式)地酒らしきもの(夕食時間前くらいまで)と、そして、マリアージュ・フレールのコットンボールが2種用意されていました。
 この中は...多分紅茶のティーバッグだなと見当をつけて容器の蓋をあけたら、入っていたのはマリアージュ・フレール...ということで、主人が「よりによって、マリアージュだ..。(よりによって、こんなところで...マリアージュだ。)」といたく感じ入り、マリアージュ・フレールを選んだ経緯に関しての興味が尽きず、結局翌朝、朝食後にわたしが女将に尋ねました。

 これは、女将のこだわりだそうです。
 以前にマリアージュ・フレールのサロンを利用して、感激なさったとのお話を伺うことができました。
 そうそう、わたしたちも、感激したんですよね。香り、春摘み...量り売り、お茶缶のデザインまでにカルチャーショックを受けたのでした。
 紅茶一つでも、同じ価値観に触れると、あかじめ期待していた客室やの設えや、料理のおいしさから得られる安定した快適さが、なお割り増すものですが、旅館くらしきではその割り増しポイントがいくつもありました。
 アメニティーのセッテングのセンスもよかったですし、古き良き設えのなかで、例えばヒノキの風呂桶ではなく、ジャットバスや、洗浄機能付きの様式トイレを導入した思い切りも、賛否があるところでしょうけど、我家は評価しています。わたしの場合、感性は快適な環境下で活性する傾向が強いので、ジェットバスの存在が古民家の雰囲気を楽しむ余裕に繋がったとも言えそうです。
 また、火鉢の炭、館内の生花など、客室の床の間の花のような必須アイテムとは別に、あった方が良い(つまり、無くても問題はない)グッズに妥協しない姿勢にも好感が持てました。


 そして、なんといっても,女将や仲居さんの話振り!
 オフシーズンのメリットとでもいいましょうか、この日の宿泊者は我家の他には一組だけだったので(宴席利用は判りませんが...。)多少は時間にも余裕があったようで、館内の案内や料理の説明、あるいは宿のコンセプトなど、割合いろいろと言葉をかわす機会に恵まれました。
 そんなおりに、仲居さんが板場のスタッフのことを「ウチの子(たち)」と言い、そのベテランの仲居さんのことを女将が「(うちの)※※子が...」と名字ではなく名前で呼び捨てて話す様子がね、良いなあと.......。


 老舗旅館とはいっても、旅館くらしきは代々の跡取りが家業を就いで今に至っているわけではありません。
 運営会社は数年前に変わったそうですし、女将も、会社から女将というポジションをまかされているというわけで、客室と同様に、いはば体制も“改装”されたわけで、それまで、ここを贔屓にしていたゲストにとっては、もしかしたら別ものと思うような変化があったのかもしれません。
 それでも、初めて利用したわたしたちが、「老舗ならではの...」と言いたくなるような雰囲気は、改装以前まで培ってきたモノをちゃんと引継いでいるからにちがいないわけで、加えて、言葉の効果も少なくないとわたしは思っています。
 「ウチの子」という単語は、一朝一夕では構築できない身内意識を感じさせるもので、良好な関係を紡いできた年月の連想につながるんですよね。“ウチ”の中のまとまりや,立ち位置の確かさをも聞き手に感じさせる、良い言葉ではありませんか。

 上の2列は、部屋での夕食と、レストランでの朝食の一部イメージ。
 料理はこちらが希望した時間に合わせて準備され、夕食は一品づつの提供で朝食はセットでしたが、時間に合わせて炊き上げるというご飯(我家はおかゆを希望)は、土鍋で提供されました。
 土鍋といえば、先代は牡蠣料理で定評があったそうで、その味を引継いだという味噌の味は絶妙でした。しっかりとした色から想像したのとはかなり違って、甘みを含んだ、まろやかな風味に驚かされました。

 左イメージは、夕食後には運ばれてきた夜食のわらび餅です。(端に見えるまるい蓋物の中はきな粉)もう、至れりつくせりとはこういうことだと、例にしたくなるような、気配りの夜食でした。

 ところで、客室5室の旅館くらしきには離湯がありますが、こちらは、洗い場がみっつあるゆったりめの家族風呂という規模で、大浴場をイメージしてはいけません。宿泊客が2組か3組くらいまでの日は時間を決めて貸切対応だそうで、我家も夕食前18時から利用させてもらいましたが、満室の場合は,5回に分けての貸切は無理とのことで、夜は女湯、朝は男湯になると言うことでした。 脱衣所も洗面台のシンクがふたつというスペースですから、他人と裸の付き合いをするには、ちょっと近過ぎる空間で、落ち着かないかもしれませんね。離湯はおまけ....お風呂を目的に旅館くらしきを利用するのは、正しい需要ではない気がします。
 最後に、要注意点として、テラスのクッキー.....。暖房時はチョコレートのコーティングが柔らかくなっています。不用意に封を切ると手が汚れまるので、気をつけましょう....というか、チョコレートつきのクッキーは、冬期はむしろ,コンディションの維持が難しいかもしれませんね。
 

 大原美術館と美観地区が観光のメインとなる倉敷ですが、一通り観光を済ませた後に、また休暇を取り、交通費をかけて再訪したくなるほどの魅力は(美術館の展示物が差し替えられることはあるとしても)少しばかり不足している感じはいなめません。その不足を補うものがあるとしたら、旅館くらしきでの時間かも....ここに泊まることを目的にするのも悪くないと感じた滞在でした。

                                         11/02/19 

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