デンマークのクロスステッチで、
          老化を知る

 1ヶ月程前、所要のついでに梅田のデパートで開催中だった『北欧の手仕事展』の会場に立ち寄りました。実際には、隣接のショップ(展示会に併せて限定オープン)で時間を費やして、肝心の会場を覗くこともなく帰路に付いて、しかも、その事に気がついたのも帰宅後という有様でしたが、そのショップで1冊の本を見つけました。

 『イングリット・ブロムのデンマークのクロスステッチT 花とベリー』と言うタイトルの、クロスステッチのデザイン本です。花や木の実が、同じモチーフでリースやワンポイント、ドイリー用の四角いパターンなど、大きさやフォームを変えて紹介されていて、つまりは、テーブルクロスと、ドイリーとコースターがお揃いで出来るという理想的な内容でした。

 わたしが、デンマークのクロスステッチに挑戦し始めたのは、20数年前。一頃は夢中になって、せっせと作品を完成させたものですが、何が残念だったかって、図案のサイズがどれもほぼ同じ....。出来上がるのは四角いドイリーばかりというわけで、次第に根が続かなくなったんですね。図案の一部を抜き出して、自分なりにバリエーションを生み出す工夫をした記憶もありますが、それも今は昔の努力です。いつか本も材料も日々の視界から消えて、随分作った気もするドイリーも手元にあるのは、ノバラのリースの1枚だけ(右下イメージ。当時もリースデザインが一番好きだった)という近況のなかで、ようやく見つけた理想的な図案集!これを買わずに帰られようかというところですが、勢いでレジに持って行くには多少価格が...。
 かつて1冊で販売されていたらしい本は、この時、クリスマス図案本とセット販売で、8000円弱だったのです。手持ちの本を数百円程度で買った経験が仇になってか、わたしは、随分高く感じました。

 ちなみに帰宅後に古い本を探し出して確認したところ、発行は昭和55年前後で価格は950円でした。30年前の価格と比較する意味もありませんし、図案ページもモノクロからカラーにグレードアップしてますし、そもそも図案の内容が充実しているわけで、高いと言ってはいけないのかもしれませんけどね。でも、欲しいのは2冊サットの半分だけなのです。わずかな期待とともに、単品販売の可能性についてスタッフに問い合わせていたところ、すぐ側でセットのもう一冊(の見本)を手にしていたおばさまが、自分は花とベリーではなくクリスマス図案の方がほしいんだけど....と、突然,話に入ってこられました。よりによってねえ、隣り合って2冊セットの図案をながめながら、欲しいと思った1冊が別々だなんて、自分と好みの一致しない相手と言うのは、時と場合によってはありがたい存在になるものですね。

 あとから考えると、この『北欧の手仕事展』を観るために広島から日帰りできてらしたその方は、作品展をちゃんとご覧になっって、“やる気”になって図案を物色なさっていた所だったのでしょうね。デンマークのクロスステッチ は初めてということで、材料はどこで購入したらいいのかとか、自分にも出来るわよね(本を買ったから確認されても...)とか、セットの図案をシェアしたよしみで一緒にエスカレーターを下りながら話を聞くうちに、わたしにも気合いが入りました。
 こちらは20年前に購入した材料が自宅にのこってますから、調達の手間は不要。わたしは、その日の夜からこけもものワンポイント図案に取りかかりました。コースター用ですね。(実際にグラスを置いたら刺繍部分は隠れてしまいますけど...。)久々過ぎる“手仕事”なので、まずは小さい物から、手慣らし...のつもりでした。

 ところが、です! 
 手慣らしの前に、布目が見えないという壁がたちはだかったではありませんか!

 デンマークのクロスステッチは、1cmに12目、10目の麻布にデンマーク手工芸ギルドの花糸を1本取りで刺すもので、1cmの幅に5個、あるいは6個のバッテンを作って行く作業です。(布を張る為の)刺繍用の輪もつかいませんし、麻布に目印になるような物もありません。縦横2目づつを図案のひとますに見立てて、布目を数えながら刺し進むのですが、いざ、始めてみると肝心の布目が見えない...いえ、見えている布目を数えようとすると、こっちの目がチカチカするわけで....老眼なんでしょうねえ。
 だからといって、1cm幅に5、6個の単位を変えるわけにはいきません。そもそもはこの細かさ、繊細さに惹かれたからこそのデンマークのクロスステッチなのです。とはいえ、10番(花糸との品番)で左へ5個、上に4個と刺している分にはともかく、5ブロック空けて...となると、布目を正しく10目とばすために、勢い目を細めて顔を布に近づけ手しまう現実の厳しさ.....。

 経験が強みになる手工芸ですが、経験は止まって老化が進んだわたしの場合、再挑戦は予想に反して大変でした。
 折角本を手に入れたんだからがんばらねば!というわたしの気合いは、何を思いついて(今時分に)本を買うきになったのかフ・シ・ギ!という主人の意見に水をさされながらも、絶える事無く.....でも,コースター用図案を1枚仕上げたところで、ついに、わたしは手芸用ルーペを取り寄せました。丸いルーペに緩くカーブがかった台形の脚が付いている型で、ルーペに付いている紐を首にかけ、胸がお腹で脚を受けて角度を安定させるとともに、ルーペの重さも分散出来るという........優れものというべきでしょうね。布目1本1本がハッキリと見えて、さすがに感動しました。しばらくは手仕事もサクサク、効率アップに役立ちました。
 ただ、目には良くても、首への負担が日増しに大きくなる感じは否め無かったのも事実。まあ、20年前ならルーペも不要で、首も凝らないという好条件が揃っていた事になりますが、それで作った最も複雑なデザインの一つが、ドイリーサイズのバラのリースなんですよね。

 その何倍かのリースに食指をうごかしていいものか?と一旦冷静になる代わりに、わたしは、手慣らしに6枚(の製作)を予定していたコースター図案を3枚で切り上げて、大きなリース図案に取りかかりました。手慣らしよりも抗老化!1日おくれれば1日分“条件”が悪化する現実を見極めたと言うわけです。手のひらサイズのコースターとちがって、布自体の重さも無視出来ないリスクになりますし、取り急ぎ始めなくちゃ!と、危機感が、大きなリースへの執着心をあおった感じです。
  

 で、右のイメージが作業途中の様子ですが、実は、リースを刺し始めると同時に、ルーペを使わなくなりました。分量のある布を首掛けルーペ越しに扱うのは結構なストレスで、イライラしてルーペを外したら(首も凝った!)布目が不自由無く見える事に気がついたのでした。
 コースター図案作成中に視力が回復した...わけはないので、多分わたしの目が麻布の布目に慣れたということでしょうか。とすると、いやあ、なかなかの短期間で、よく慣れたではありませんか。
 ルーペは、無駄な買い物だったと言えなくもありませんが、“見えない壁”を乗り越える手助けにはなったわけで、買おう!思った判断は正解だった気がします

 出会いから20数年、これまでで一番の大きな図案の完成が近づいてきました。もちろん、目は疲れるし、腕もだるくなるし、同じ姿勢を続けてると身体は固まるし、布目が見えるからと言って、若かりし頃の作業環境が蘇ったものではありませんけど、わたしの(執着のあるモノに対しての)根気は、代わらず健在だったようです。

 ただ、まもなく“こけもものリース”も4分の3を刺し終える今になって、新たな、そして大きな難問が発生しています。

 どう節約して使っても、足りなくなる色糸が2種....。

 図案には糸の品番が指定されていますが、我家にあった長期保管品の中には、いくつか指定の品番がありませんでした。本を買って帰って、その日からでも始めたかったわたしは、無かった色糸を取り寄せる間を惜しんで、手持ちの花糸の中から、指定の色に近い物を選んだのでした。足りなくなる糸は、そのうちの2色なのですが、昔のもので、補充しようにも色番号が判らない....。
 いえ、たとえ判ってても、20年の時の差はバカにはできません。同じ色の糸が手に入る可能性は殆どゼロ!....の予想とおり、先日注文に応じて届けられた花糸は、どれもが(同じ番号のものも)我家にあった糸の色とは違ってました。
 ついでに、昔と価格がかわってな〜い、と感心してたところ、1束の分量が36mから20mに減っていた事が判りました。やっぱりね。20年の時がもたらす変化は大きいのです。

 何はともあれ、急がば回れ、材料はきちんと揃えてから取りかかるべきでした。
 (途中で不足した色糸の部分は、極力近い色でごまかしがきくかどうか、検討中。)

                                   
                                      11/10/14
 

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