おへその『ゴマ』の
       正しい取り扱い方
 

 ある時、我が家に泊まりにきていた母が、おへそのできものが気になる、と言い出しました。
 大きくなってきている...と言うのです。痛くも痒くもないけれど、大きくなるのが気になると言う...。無感覚という方が、おかしいんじゃないのと言うと、母は少々難しい表情になりました。

 「ちょっと、あんたのおへそ、見せて。」
 「いや〜だ〜。」と、普通は...いえ、こういう状況が普通にあるのかどうかは疑問ですが、おへそは、まあ、あまり、見せ合うモノでもないでしょう。加えて、わたしの場合は、ウェスト57だの、8だのといっていた時代の縦長形状のおへそが、おなかの肉に押されて横広がりになりつつあるという問題を抱えていたので、当然ながら抵抗しました。

  が、母も、それなりに深刻だったようで、風呂上がりに、そのできものをわざわざわたしに見せにきたのでした。褐色の...できものというのか...それは意外に大きくて、母のおへそのくぼみをほぼ埋めてしまっていました。つついても、少しくらいひっぱっても、痛くはないものの、なんといっても正体不明! とろうとして、下手に刺激するのも怖い気がしました。
「あんたのおへそに、こんなのない?」
 ありません! 皆無です。
 となると、やはりこれは、異常な事なのだろうかと、母が悩むので、わたしは受診を勧めたのでした。

 病気は、早期発見、早めの治療が信条と言わんばかりに、検査、検診に対して積極的(過ぎる)母が、気になるできものを何年も抱えて、医者に行かなかったというのが、意外と言えば意外ですが、案外気になる『症状』があると、人間、臆病になるものかもしれませんね。それも、体調不良の類いではなく、目視できる症状となると、まずは経過を見ようかな...と。
 ただ、聞くところによると、できものは、ず〜と、前、いつとは思い出せないくらい前から、いつのまにかできていたそうで、それが、少しづつ、そして、どうにも、気になって仕方がないくらいに大きさになってしまったらしいのです。正直、わたしも、気になりました。

 とろこが、帰宅後、母からは何も言ってこない...。
 こちらも、落ち着かないので、電話で尋ねたところ、皮膚科に行ったけれど、何でもなかったという話でした。いい結果ですが、母の口調からは、晴れ晴れとした感じが伝わって来なかったので、後日、帰省した折に、結局なんだったのかと聞いたところ、父がゲラゲラと笑いだしたのです。
 ようは...おへそのゴマだったと言うではありませんか!

 母は意を決して、それなりの不安も抱えて診察を受けに行ったそうですが、患部を診るなり、皮膚科の担当医は、「ああ〜これは、おへそのゴマですね〜。」と言いつつ、ひっぱると、根元からハサミでチョンと切り取ってしまったのだそうです。癒着はしててもへそのゴマなら、皮膚組織とは別のもの、痛くも痒くもなかったのも頷けますが、診ただけで確信を持てた(曖昧なままチョンと切られたんじゃ...大変)というのが、さすがにお医者さん! ところが、その先生が、消毒液をたっぷりと浸した脱脂綿で、おへそのくぼみの中までを念入りに拭き取った処置に、母な納得していないのでした。おへそはいじくり回してはいけないと、昔から言われているのに...と、母は抗議したそうです。
「そんな事、ないですよ〜。ちゃんとお風呂で洗ってください〜。」と反論されたとか...。

 ここで、「え?」っと、わたしは驚くわけです。
「なに? それ...じゃ、いままで洗ってなかったの?」
「昔、おばあちゃんが、おへそはゴシゴシ洗うもんじゃないって言ってたもん。」と、母。(ちなみに、祖母のその教えを、母はわたしに伝えてはいません。)
 ...ゴシゴシ...じゃなくても、普通に洗えばいいではありませんか、ねえ。
  なにも、ン十年のおへそのゴマをためこんで、くぼみを埋め尽くす物体にまで仕上げなくてもと呆れるばかりの話なのですが、実際には、イヤというほど、笑いました。
  カルテに何と書けばいいのかと...困惑していた看護婦さんも、笑ったそうです。担当医の発案で、母のカルテには、『炎症』と記載されたようですが、確かに、おへそのゴマの塊とは、書けないですよね。

 ところが、母はというと、お世話になったお医者さんよりも、“おばあちゃんの知恵”を信じているのでした。
「ほんとはね。おへそはあんな風に触るもんじゃないんだから...。」と、担当医が知らないだけと言わんばかりに....真顔です。
  あんな風にというのは、消毒液つき脱脂綿でグニュグニュグニュ...ということなのでしょうけど、それも限度の問題ですね。消毒は切除した結果の処置なのですから、通常は“あんな風”に触る事態も起こらないのです。なにしろ、専門家がカルテの記載に悩んだくらいに、前例の無いことだったのですものね。

 あらためて考えると、格別に意識しなくても、体をあらえば、おへそにも石けんの泡やシャワーの水はかかります。防水シートでカバーしていた訳でもあるまいし...母は一体どうやっていたのだろうと不思議でなりません。ゴマの成分が粘着質(?)で、癒着が置き易かったと言う考え方も『アリ』でしょうか?

 その後、母の「おへそのゴマの取り扱い方」への意識が変わったかどうかは、微妙です。
 
 ただ、この先の時間の方がいままでのそれよりもと少ないことは明らかなので、おへそのくぼみを埋めるほどのゴマの蓄積はもう、不可能といえそうです。
 思えば、価値なき希少品でした。


                                       07/07/08 

リストに戻る