画面のレイアウトが乱れる方へ

 

 ローマ、フィレンツェ、ヴェニスを12日間の急ぎ足で見て参りました。
観光名所やお勧めスポットなどは、美しい写真と共に多くのガイドブックで詳しい紹介を見ることができますから、ココで観光ガイド的な旅行記を展開することには、あまり意味を見出せません。
 たとえば、コロッセオの迫力を説明して、それを見たわたしの感想を伝えることよりも、駅前で剣士の衣装を付けたおじさんと一緒に写真を撮ってから、請求された金額が果たして妥当なものだったのかどうか、いつまでも悩んだというようなエピソードを中心に進めていくつもりです。         
                           01/01/16  


   

 ヴェニスの2日目

  いわゆる観光の最終日となるヴェニスの2日目は、それなりのお天気に恵まれました。
 出かける時には、ルームキーはコンセルジュデスクに置いて行くのですが、前日と同様に一声かけてそのまま出ようとしたら、ちょい待ち、という感じのノリで呼び止められました。立派なお腹のコンセルジュが「チェックアウトいつだい?」(「ご出発は何日ですか?」と聞かれている気はしません。)と言いながら、地図を広げると、1日あるならココとココとココへ行って...とお薦めスポットにマークをつけてくれました。
 別の箇所でも触れましたが、向かい合うとスタッフは親切なのです。しっかりと、ブランドショップが軒を列ねるエリアにも大きな丸を付けてくれるあたりは、日本人向けサービスだったかもしれません。
 実際には、彼のお薦めスポットを消化するには、サン・マルコ広場の板に興味をひかれて構っていたりすると時間不足になるスケジュールで、(歩幅による時間差もあったかも...。)あまり参考にすることはできませんでしたが...。
 で、板の話です。
 上のイメージは前日のものですが、数10センチの高さに並べられた板の様子が分かりやすいかと思います。イメージを撮った時には、板は修復工事に係わる何かで、美観を損ねるものとして無意識に見ないつもりになっていたのかもしれません。
 2日目のこの日、板が広場を基点に広範囲に延びているのを見て、これが通路なのだと理解しました。
 これだけの高さが必要なほど、広場一帯は冠水するということなのですね。旅行ガイド本のどれかに、冬期のサン・マルコ広場の冠水の可能性に触れているものがありましたが、、それには、運河に面したエントランスを持つホテルに水上タクシーで乗り付ける場合はともかく、冠水時に大きなトランクを持っていては動きがとれないので、2泊、3泊程度ならトランクは駅のロッカーに置いて、必要最小限のものだけを携行した身軽な状態で動くことを勧めていました。
 コインロッカーに数日トランクを預ける勇気がないわたしたちは、水上タクシーを利用できることをホテル選びの条件にしましたが.......トランクどろこか、自分の身ひとつでもおおごとになりそうな、冠水には遭遇せずにすみました。
 よかった、よかった、というのは、この町を通り過ぎて行く旅行者の話。

 海と結婚したというヴェニスの町にとっては、冠水も繰り返される日常なのでしょうね。
 ゴンドラを撮ったつもりの右のイメージでも、満潮時には水面下になる壁の部分がハッキリと分かります。運河に面した建物だけではなく、路地を歩いていても、建物の出入り口に通じる部分が、膝の高さあたりまで仕切られているのをよく見かけました。中に入るにはしきりを跨ぐことになるのでしょうか?

  サン・マルコ広場の板の道にも驚きましたが、かなり離れた路地裏まで海水に浸るらしい様子を目の当たりにすると、海に愛され、抱かれて、やがては同化していく街の運命をイメージしてしまいました。実際に、かつての栄華を偲ばせる数々の建物も、傷みが目立ちます。それでも、外壁の修復は制限されているとか....。
 剥がれ落ちた壁や、海水に晒されて変色した壁を持たない建物はなかったのではないかと思えるくらいで、本当にこの街は、ゆっくりと流れる時の果てに滅んで行く運命を甘受しているのかのようですね。もしかしたら、この潔さが街に希有な美しさをもたらしているのかもしれません。
 東方との交流が独特の建築様式をもたらしたと同時に、街のどこかに無常感(のようなもの)を置いて行ったように感じられて、非日常を満喫する旅の中でも、妙に現実感を欠いた雰囲気が印象に残りました。

 ところで、入り組んだ路地に入れば、両横に迫る建物に視界を遮られるヴェニスは、街全体が巨大な迷路、と言われますが.....地図を持っていてもやはり迷いました。
 ところどころにある小さな広場(カンポ)に出て現在地をチェックして、仕切り直しです。
 路地で他の観光客とすれ違うと、この先は行き止まりだと教えられたり、教えたり......そうやって情報収集しながら進んだ結果、元の場所に舞い戻ることもありました。いわば無駄な時間を費やしたわけですが、無駄を楽しむのも非日常ならではのことで、この日は何かを観たというよりも街を歩き回ったというべき1日でした。
 ドゥカ−レ宮殿以外は、意図的に目指したのはカプチーノのおいしさに定評があるといわれるカフェと、マスク型のチョコレートがポピュラーなショップでしたが....迷って行って、帰りも回り道をして、どこにあったか全く覚えてはいません。
 もちろん、ひとときの迷い人を演じるのは、観光客。
 ただ、僅かの時間でも、ほとんど“土”を見かけない街の中で、存在の長さに圧倒される建物囲まれて、細い路地の隙間からはるかな高みに空を仰ぎ続けていると、街に封印されてしまいそうな気分になりました。

 右は黄昏れ時のサン・マルコ広場です。
 空と海と石畳が同じ色に染まるこの時間の広場が、わたしは一番美しいと感じました。
 ヴェニスでは、海との結婚の儀式として、銀の指輪を海に投げ入れるそうですが、石で築かれたサン・マルコが、花嫁の装いを整えたかのように、優しい憂いを見せるこの時間なら、石畳が海水で覆われるのも悪くないかも、と、無責任ことを期待してしまいました。もっとも、板の道(イメージ、手前)に鈴なりになる人の姿はロマンチックとは無縁でしょうね。
 景観を損ねる不粋者にならないように、この日は闇がおりる前にホテルに戻りました。

                        02/03/21 


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