土産にするはずのシャンパンが...
               
                  フランス パリ
 1998年12月31日の朝、それまで泊まっていたホテル・ロティをチェックアウトして、わたしたちはタクシーでブリストルに向かった。
 夜は着飾った紳士淑女が、華やかに、賑やかに、ニューイヤーズイブパーティーを夜通し楽しむに違いないこの日に、ブリストルに泊まるのは抵抗がないわけではなかった。
なにしろ、わたしたちは、ただ、泊まるだけなのだ。できる事なら、日にちをずらすか、連泊するかしたいところだったが、予算と予定には逆らえない。休暇は短く、ブリストルは高いのである。
 到着が早くなる(パリ市内の移動なので)と事前に連絡した時に、部屋は用意して待つという旨の連絡があったとおり、10時という時間にもかかわらず、わたしたちは客室に案内された。

 案の定、スタッフからはニューイヤーズイブパーティーのお誘いがあった。
はなからお誘いがかからないのも寂しいものだが、誘いに乗れないこちらの身を察して欲しいという気分にもなる。タキシードやイブニングをトランクに入れて旅する身分ではないのである。おまけに、翌朝はロンドンに向かうのだ。
 後でわかったことだが、このホテルの1999年の同日の予約は5年前に埋まっているという話だった。つまり12月31日は多くのゲストはパーティーを楽しむ為に泊まるのだ。 だが、もちろん、ブリストルのスタッフは素泊まりの客だからといって、態度を変えるようなことはない。あくまでも丁寧で、そしてフレンドリーである。

 その日、わたしたちはパリでの最後の観光を早めに切り上げてホテルに戻った。すると、絶妙のタイミングでチョコレートケーキとリボンがかかった、ワインかシャンパンでもが入っていそうな細長い箱を持ったスタッフが表れた。
 『部屋の間違い?』と聞く間もあらばこそ、笑顔と共に入ってきた彼はテーブルの上に白い麻のナプキンやフォークまで並べると、(ケーキかと見えた)
チョコレートの容器の蓋を摘まみ上げて、わたしたちに中を見せた。いかにも手作りという感じのトリュフが10個並んでいた。彼はそれから、どこかに持っていた大きな封筒を恭しく差し出した。宛名はわたしたちだった。ホテルからニューイヤーズイブのプレゼントだというのだ。
 それも、部屋代の内と言うなかれ、割り引き料金で宿泊していたわたしたちには思いもよらなかったことで、感激あまりカードとチョコとシャンパンを並べて写真を撮ったほどである。
 10個のトリュフはふたりで食べ切るにはちょっと無理があるので、、ひとつづつ摘んだあとの残り8つはタッパに収め、わたしたちはチョコレートの容器の切り崩しに努めた。シャンパンはそのまま、持ち帰るつもりであった。
 その日の夕食は部屋でとる予定だったので、風呂にも入り、あらかたくつろいでからルームサービスに電話をした。
 本当はひとり分で十分なのだが、それでは、先方も悩むだろう。第一、ニューイヤーズイブなのである。一抹の見栄を捨てきれず、食べきれないであろう品数になった。電話のむこうで、スタッフがひとつづつ注文を確認するのを軽い気持ちで聞いていたら、突然『ワインはどうしましょう?』という話になった。
 ワインは、海外では困るのだが、わたしはアルコールが全くダメである。主人も、ハーフボトルがせいぜいなので、部屋で飲むことは考えていなかった。
さして欲求もない上に価格も不確かなものをオーダーするほどの見栄はない。
が、素直に『いらない』と言えばいいものを、つい『ホテルからのプレゼントのシャンパンがあるから..。』と答えてしまった。なにしろ、時はニューイヤーズイブなのだ。
 横で、主人が、わたしの機転のきいた会話に感心しつつも、シャンパンのリボンを解いた。
「....持って帰ろうと思ったのに...。」と言う。
「いいじゃない。言っただけだもん。別に飲まなくたって、分かるわけじゃなし。」
「分っかるよ〜。きっと、グラスとワインクーラー、持ってくるぞ。」
「え〜。頼んでないのに〜?」

 頼まなくても、気がきくのである。
 ほどなく、ルームサービスのスタッフは2人がかりでテーブルワゴンを押してきたが、その上には、銀色に輝くワインクーラーが鎮座していた。
 彼等は、部屋の中央でワゴンをテーブルに組み立て、クロスを伸ばすと、ワゴンのおなかから暖かい料理を出して並べ、花の位置を直した。それから、さて、というようにシャンパンをクーラーに納めると、数歩離れて、セッティングの完璧さを確認する様子を見せた。いつのまにやら、グラスもきちんと並べられていた。
 食後は、そのままで電話を..ということだった。また、別のスタッフが引き取りに来るのである。ロンドンのフォーシーズンズもそうだったが、ゲストにはテーブルを部屋の外に出す、手間もかけさせないというわけである。
 わたしたちは、いたれりつくせりのサービスに感心しつつ、飲めもしないシャンパンをあけた。見栄を笑われても仕方がない。

 余談ながら、タッパに入れたトリュフは半分ほどは日本に持ち帰ったが
片付けに追われて、気がついた時は、カビに覆われてしまっていた。残念である。

                                          00/11/20 
                            
このエピソートは「アップルホテルズ」のホテル体験記
への投稿記事と、一部、重複します。


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