御覧、あれがメルクだよ

       オーストリア、ウィーン ザルツブルグ

 ウィーンへの旅行は、準備不足だった。

 個人旅行の手間をも楽しみの内と思えるようになるのは、数年後のことで、この時、わたしたちは最初からパックツアーの申し込みを前提として、旅行の計画を立てていた。料金、日数、スケジュール、利用予定のホテル等、こちらの要望に100パーセント合致する商品は望めないから、集めたパンフレットと頭をつき合わせながら、折り合いどころを掴むのに時間を費やした。
 年末のツアー商品が(パンフレットの形で)出揃うのは、夏も終わりの頃というわけで、それまでは、乏しい実感の中で候補地さえ二転三転した。当初は、リストに上がっていなかったウィーンに食指が動いたのは、どこかから耳にはいった「いいよ〜。」というお薦めの影響もあったが、街の規模と滞在可能日数とのバランスの良さが決めてだった。10日前後の1都市滞在プラン...ポピュラーな3大都市、パリ、ローマ、ロンドンは、多すぎる見所を絞りきれず、計画段階で消化不良を起こしかけていたところへ、急浮上した候補地がウィーンだったのだ。

 歴史があり、栄華の遺産が多く残り、雰囲気のある、適度な規模の街。
 最終的には、休暇の加減で10日欄コースを8日間コースに変更することになった我が家としては、いい選択だったと言える。
 フリースティと言っても、申し込んだコースには空港、ホテル間の送迎、宿泊と朝食の他に1日の市内観光(昼食、夕食つき)がついていた。残る5日間の自由行動で、何を観て、何を食べて、何を買うかということが問題になる。『1日で観ることのできる市内』はごく一部、というのは、行ってみてからの実感で、市内観光半日の設定も多い中で、1日も案内をされた後の自由な5日間は、あまりあるもののように思えた。ツアーのお薦めの過ごし方を観ると、ザルツブルグへの観光があった。いわゆるオプショナルツアーというやつで、1泊2日のショートトリップである。ウィーンの宿泊ホテルから駅、ザルツブルグの駅からホテルまでの送迎と、ザルツブルグ半日市内観光が、オプションの内容で、参加費用は一人7万円だった、と記憶している。

 サウンド・オブ・ミュージックの舞台、モーツァルト誕生の地...。
 周遊型ではなく1都市滞在のコースを選択したのは、移動に費やす時間や労力の余裕がないからだったが、3時間少々の鉄道の旅なら、単なる移動ではない。車窓からの景観も,異国の地でなら感動に繋がる貴重なアイテムだ。
 ただ、オプショナルツアーを申し込んだ場合、ウィーンのホテルを一旦チェックアウト、サルツブルグから戻った時点で再びチェックイン、ウィーンのホテルはツアー前後で変わる可能性もあるというわけで、これはもう、無駄がおおすぎ。1泊2日のザルツブルグに8日間分の荷物を詰め込んだトランクも持ち運びたくはない。それよりなにより、宿泊数は同じなのに、7万円もの差額..。ウィーン、ザルツブルグ間、1等席での往復鉄道料金にを差し引くと、二人で10数万円が,送迎と観光のお世話になる費用という計算になった。ちなみにホテルと駅の移動にタクシーを使っても、金額は知れている。

 人件費の高さに驚愕したわたしたちは、それならと...自分達で、ザルツブルグへの1泊2日の旅を計画した。

 日本での予約先を通じてザルツブルグのホテル1泊を予約。このホテル代金と二人分の往復鉄道料金は、いうまでもなく二人分のオプショナルツアーよりもかなり安くついた。しかも、ウィーンのホテルはそのままなので、ホテルを移るという類いの煩わしさがない。
 朝、わたしたちは1泊分の着替えと、カメラ、ガイド本1冊を携え、日本人観光客1組帰宅せず...で騒ぎになっては困るので、ホテルのスタッフに『外泊』のスケジュールを伝えて、駅に向かった。
 切符を買い、列車に乗る。座席は、ヨーロッパでは珍しくないという4人一組が向かい合う配列。
 ツアーの仲間うちでなら、お菓子をつまみながらの談笑のひとときとなるが、この時車両内に日本人はわたしたちだけだった。席に付く時に、儀礼的に挨拶をかわしたものの、向かいに座っている,地元の人らしきおじさんは、見知らぬアジア人相手に,愛想笑いなどはしない。気難し気に(見えた)新聞に目をやるおじさんを前にして、わたしたちは自然、小声になった。1冊のガイド本を二人でめくりながら、口数も減る。窓の外か膝の上か...視線の置き所に不自由に感じて目を閉じると。少々眠気にも襲われる。
 
 どのくらい経ったのか、突然の人声に、わたしたちは顔を上げた。
 それまで、無言だったおじさんが「メルク。」と、ひと単語を,わたしたちに向かって発していた。
 ???、え? メルク? いえ、わたしたちはザルツブルグに行くので...ご親切にどうも、とは、トイツ後は言うまでもなく、突然のコンタクトに英語ですら、すんなり出てこない。もっとも、流暢な英語が返せても、この場合は意味があったとは思えないが...。
 「メルク。」「メルク?」「メルク。」「...メルク?」
 ただひとつの単語のやりとりに、意思の疎通を諦める前に列車は速度を落とし、おじさんが、今度は窓の外を指差した。駅の奥、高い位置に尖塔が見えた。
 「※※※メルク」
 いくぶん長くなった単語は聞き取れなかったが、 重要なのは駅ではなくその建造物だと悟ったわたしは、とにかくも急いで写真を撮った。(左上イメージ)
  教えてくれたおじさんに、お礼を言って一件落着となるところ、メルクを後にした列車の中で、わたしたちは、今観た建物の情報を得るべくガイド本をめくり出したので、おじさんも気になったらしい。反対側から覗き込むように見ていたが、勉強不足の観光客に呆れ返ったか、とうとう、自分で本を手に取った。日本語表記の薄いガイド本をペラペラとめくり、ヴァッハウ渓谷紹介のページ探し出し、掲載写真を注意ぶかく指でなぞりながら、おじさんは次のページをめくった。
 メルクの紹介、観光案内があるはずの“次のページ”は、早くも別の地域の案内が掲載されていた。

 「なんてこったい...。」
 首を振りながら本をわたしたちに返した時の,おじさんのつぶやきは言葉を知らなくても間違いようもなく理解できた気がした。
 その建物が、ウィーン屈指のバロック建築として名高いメルク修道院だったと分かったのは、ザルツブルグ1泊2日のショートトリップを終えてウィーンのホテルに戻ってからの話。荷物になるからと、ホテルに置いて出た別の観光本に、短い紹介文があった。
「なんてこったい。」
 わたしたちの心境も、まさに、その一言だった。

                                        0/06/22 

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