お布団買うのも命がけ?
         
               ドイツ ハイデルベルク

右、イメージ

 僅か一泊だけで通り過ぎたハイデルベルグの旧市街。
 ネッカ−川にかかっているのが、ゲーテがその美しさを讃えたというカール・テオドール橋。18世紀末に造られたと聞かされて「へえ〜。」と驚いては来たものの.....言葉を忘れて見とれる余裕がなかったのが残念。
 ハイデルベルグ城から撮影。
 
 「アイグナ-のバッグやヘンケルのヤスリもいいけどね....。」
ハイデルベルグのホテルでの夕食時に、添乗員のTさんは言った。
「やっぱり、なんと言ってもお勧めは羽毛製品よ!」

 ヨ-ロッパの、とりわけドイツの羽毛製品は質がいい。同レベルの物を日本で購入するよりずっと安いし、第一、お出かけの時にしか使わないハンドバッグより毎日使う枕やお布団のほうが、ドイツ土産としての価値は高いと彼女は続けた。
「帰ってからも、毎日毎日使えるお土産なんて、そうそうあるもんじゃないわよ。しばらくは、眺めて思い出したりしても、その内にどこかにしまっちゃうのが、大半でしょ。その点、お布団はね、5年たっても。10年たっても、ああ、これをドイツで買ってきたんだなあ、って思えるもんね。
品物がいいから、10年くらいはヘッチャラよォ。」

 義妹とわたしは、目からウロコ、という感じでTさんのアドバイスを聞いていた。
  夕刻にバスで市内に入ってきた時、ショウウィンドウにサテンのコンフォ-タ-カバ-や刺繍入りのピロ-ケ-スをディスプレイしている店があった。走るバスの窓から見ただけだったが、美しい商品が印象に残っていて、Tさんの話がなくても、覗いてみたい店だった。
「明日、あの店に行って、ダウンのお布団を買おう。」
 義妹もわたしも、簡単に結論を出した。

 ところが、添乗員の意見というのは影響力が大きいもので、翌日の午後の自由時間には、義妹とわたしを含めて7名がその店に押し掛けた。みんなツァ-のお仲間で、前夜、同じテ-ブルでTさんの話を聞いていた。
 観光客を相手の土産物店でもない店に、7名もの東洋人は珍しい。しかも、全員が、見るだけ、ではなく購入目的で訪れたのだから、小さな店のスタッフは文字どおり「てんやわんや」たっだ。
 店内は外観から想像していたよりもずっと狭くて(奥が工房のようになっていた。)商品も多くはない。カバ-類が主で、枕や布団などの本体は、いくつかが、ディスプレイ用に置かれているという感じだった。
 
 陳列されていた枕を買った○○さんが、最初に店を出た。次に、新婚旅行代わりに参加したという若い夫婦が、店内にあった布団と枕を買って出た。レジと梱包に大忙しだったふたりのスタッフも、残り4人と見て、少し余裕がでた様子だった。

 わたしたちの前には羽毛の入ったガラスケ-スが4つ並べられて説明が始まった。当然、分からない。触ってみろというようにケ-スの口をこちらに傾けるので、義妹もわたしも、そのひとつひとつに手を入れて、呑気に喜んだ。どれがいいかと聞くので、ふたりとも、1番いいのを、と頼んだ。義妹はシングル、わたしは、ダブルのサイズを指定して、かつ、ステッチの希望を伝える為に空中で絵を描いた。時折通じる英単語と、身ぶり手ぶりの会話だった。
 このあと、スタッフはメモを片手に注文を確認して、あろうことか「では、明日。」と言った。
 え? 何? なに??? 
 出来上がりが、明日の10時、とか言うのである!
 現物が無いのだ。
 それは、困る! わたしたちはあせった。このあと、わたしたちは3時に集合して、迎えのバスで 駅まで行って、汽車に乗るのだった。3時までに指定の場所に戻らなくてはならなかった。なんとか、3時までに欲しいと言うと、今度は店の方があせった。一緒にいた△△さんと**さんは諦める素振りも見せたが、義妹とわたしはゴネた。奥からおじさんが出てきた。時計を見ながらスタッフと相談していたが、やがて、わたしたちに向かって頼もしい笑顔を見せた。3時までに仕上げるという。わたしたちはパチパチと手をたたいた。

 しかしながら、である。(後で思えば)当然のことだが、タイムリミットを3時と伝えたのでは、3時の集合時間に間に合う道理がなかった。2時30分を過ぎると、わたしたちにもさすがに危機感が芽生えた。店のスタッフは大きなダンボ-ル箱を4つならべて、テ-プやひもを用意して待っていた。Tさんの話だとキュッキュッと丸めてコンパクトになるはずのダウンだったが、4人とも枕だのカバ-だのを買ってしまったので、ひとつにまとめる為に箱が出てきたようだった。
 △△さん達のものが仕上がったので、待たずに先に行ってもらった。
「Tさんに説明する!」と言って彼女たちは出て行ったが、大きな箱を両手でひきずるように持っていては、走るわけにもいかない。彼女達が間に合うという保証はなかった。わたしはガイドブックの地図を広げて、集合場所と店の位置をスタッフに見せ、歩いて何分くらいかかるかと聞いた。最初15分と答えたスタッフは、ダンボ-ルを見て、20分か、もう少し、と言い直した。
 3時10分前だった。
「集合時間が3時なの。」と言うとスタッフはワォ!というような声を上げて、奥に何か叫んだ。


 「絶対、間に合わないよね。」と義妹が行った。汽車の時間が決まっているので、今日は特に集合時間に遅れないように!とTさんには言われていた。
「駅まで行って、次の汽車に乗るしかないね。」
「泊まるホテル知ってるもんね。」
大胆にも義妹とわたしは、置いていかれることを覚悟して(経験が無いので、大変な事だという認識が持てなかった。)、落ち着いてしまった。

 落ち着かないのは店のスタッフで、3時5分前に漸く商品が出来上がると、おじさんも加わって、3人が汗だくで荷物を作ってくれた。素早かった。確かに3時には間に合った。おじさんはそれからふたつのダンボ-ルをヒョイと持ち上げると、はやく!はやく!と言うようにわたしたちを急き立てて裏口から外に出た。スタッフにも促されて、わたしたちはおじさんの後に続いた。
「きっと、車で送ってくれるんだ!」
 義妹が明るい声で言った。
「ホント?」

 本当だった。
 店の裏には、けっこう乱暴に乗られている様子のベンツが止めてあって、おじさんはわたしたちの荷物をトランクに放り込むと、後ろのドアを開けて手招きした。好意を全面的に信じて、義妹とわたしは乗り込んだ。トランクは半開きのまま、おじさんはベンツを発進させた。
 「ベンツに乗ったの初めて!」
 「でもココじゃ、大衆車の扱いだね。けっこう、スピ-ド出すね。」
 その、スピ-ドのお陰で、集合場所には数分の遅れで到着した。わたしたちは、おじさんにお礼を言って、抱き合って別れた。

 

 「全く、もう、あなたたちは!」
 Tさんは呆れ顔だった。
 「知らない人の車に簡単に乗って。お店の人だから、いい人とは限んないのよ。」
 「いい人でよかったね。」と義妹は小声で言った。

 先に出たふたりを待って、結局、わたしたちのグル-プは予定より20分程遅れて、駅に向かった。

 集合時間には、けっこう余裕を持たしてあるものだと、この時感心した。
 だが、勿論、このあと今日まで、わたしは、団体行動の集合時間に遅れたことは1度も無い。 念の為!

                                    改校日 01/09/13  

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