湯沸かし器を使えたのは初日だけ
     
              
イギリス ロンドン
                

  今、手許にあるいくつかのガイドブックをザっと見ても、どこにそんな記述があったのか探しきれなくて悩んでしまうのだが.....。
 「ロンドンのホテルはどこでも、客室にティーセットが用意されている。」ということを、わたしたちは多方面からの情報として受け取っていた 。初めてのロンドン旅行を前にして、準備と情報収集に勤しんでいた頃のことだ。
 紅茶の国、イギリス。アフタヌーンティーの習慣が息づくイギリスである。
客室にティーセットが置かれていて、何の不思議があろうか!わたしたちは、日本で提供される「彼の国の話」に疑問は持たなかった。


 そういうことなら、湯沸かし器を持っていった方がよいかもしれない。
 が、必需品といわれて、持参しても、さほど重宝したという印象がない湯沸かし器である。 観光の合間にお茶を飲んで、普段より量の多い食事と格闘する日が続くと、ホテルの部屋で、あらためてお茶を、という欲求はあまりわかないものだ。暖房が入って、よりいっそう乾燥している室内では「冷たいもの」のほうが需要が高い。
 「でも、せっかくのロンドンだもんね。部屋で紅茶くらい飲まないと...あるんだったらねぇ。」
 「電気ポットは置いてないんかい?」と主人。
 そう言えば、国内のホテルではどこもポットが常備されている。しかし、ロンドンに限らず、海外のゲストルームでポットは想像できない。はっきりとした根拠はないが、バスローブがあっても、電気ポットはないような気がした。
そこで、わたしたちは、小さな湯沸かしポットを必需品のリストに加えた。


 持って行くのなら今度こそ活用しなくてはということで、インスタントのスープやココア、お湯だけでできるパックゴハンなどもトランクに詰め込んだ。
(実際、カロリーのことを考えれば、2日に1回はパックゴハンで十分かもしれない。)

 そして、夜のヒースロー。
 重量はぎりぎりだが、余白はある大きなトランクを2つ引きずった主人とわたしは、送迎アシスタントのおじさんに出迎えられ、専用車でホテルにむかった。その車中で、わたしたちは自分達が泊まるホテルの客室にはティーセットが置かれていない事を知らされた。
「日本のガイドブックでは、ロンドンのホテルはどこでも紅茶のセットが客室にある、みたいなこと書いてるようですけどね。」
(そのと〜り!)
「いいホテルはね、かえって置いてないです。電話かけるだけで、夜中でも、
紅茶1杯だけでも、すぐ持ってきますから、必要ないんです。」
(でも、お金がかかるでしょ。)というようなセコいことを思ってはいけないらしい。24時間、ゲストのリクエストに備えてスタッフが待機しているありがた〜いホテルでは、なんでも自分でする子を良い子といってはもらえないのだ。
 納得はしたが、持っているものは利用しなくては、という考えはかわらなかった。ティーセットには裏切られたが、トランクの中には必殺のインスタントココアがある。荷ほどきのあと、それでは、あったかいものでも飲みましょうということになった。
 ところが、プラグの型が合わなかった。いや、プラグセットの中には同型のものがあるにはあるが、大きさが違うのである。「そんな、バカな。」と、意地になって探した結果、テレビの電源になっているコンセントだけが使えることが分かった。
 テレビを止めてプラグを引き抜き、ポットのそれを差し込んで、わたしたちはお湯が沸くのを待った。少しして、ポコポコとお湯が沸騰し始めたが、同時にかなり大きな音をたてて、ポットのスイッチが切れた。
 いやな予感がした。テレビのプラグを元に戻してスイッチをいれてみたが、画面は表れない。何度か試したが、静かなものだった。唯一、使えたそのコンセントから電気を得ることは、もはやできないと認めなくてはならなかった。
 負荷がかかり過ぎたのだろう、というのが、主人の分析だった。
 テレビは映らなくても、不自由はしない。原因が自分達にありそうなので、
ホテルにクレームは出さなかった。(出せなかった。)

 わたしたちは、その日、貴重なお湯で熱いココアを飲んだが、湯沸かし器はそれきり日の目を見る事はなかった。
 そして、湯沸かし器の海外での使用頻度の最低記録をマークしたこの旅行以来、湯沸かし器もトラベルアイロンもドライヤーも、我が家の『旅の必需品リスト』に上る事はなくなった。

                          
                                         
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