日本人にはスクランブルエッグ
       
         ニュージーランド クライストチャーチ

 義母と母と(主人の)叔母と一緒に参加した「ニュージーランド8日間」のツァーは、花祭り開催中のクライストチャーチでまず3連泊という日程だった。
 高齢者対象のツァーで、付き添い人気分で参加したわたしと、親子で来られていたWさんの娘さん以外、参加者は皆60才以上という(添乗員泣かせ?の)
12名の小団体である。
 宿泊のホテルは、かつて、エリザベス女王もお泊まりになったという由緒正しき歴史を誇ってはいたが、残念なことに、建物の内外に時代を感じることはあっても、誇るべき歴史はちょっと向こうに置いてきたような印象を受けた。
 わたしたちのような団体客に対して門戸を大きく広げた時から、ホテルが変わっていくのは、仕方がない。同じ時間に同じ行動をする団体客に対しては、効率的なサービスが要求される。この時もバス数台に分乗した仙台からの団体客が泊まっていて、ロビーの、とても良く目の付くところに連絡用の黒板が置かれていた。そこに、チョークで「夕食、8時〜、1号車.....」と添乗員からゲストへのメッセージが書き込まれていた。ゲストの世話をするのはそのゲストを連れてきた添乗員であって、ホテルのスタッフは見てるだけ、というような図式が、すでに出来上がっているように見えた。
 わたしたちも、添乗員のKさんからルームキーを受け取り、館内の説明もKさんから受けた。もちろん、部屋までの案内はないから、皆でゾロゾロと集団移動である。貴重品もフロントではなく、部屋の金庫(あとから設置したと思われる。)に預けるようにという事だった。

 「朝食は...集合しなくていいですね? 各自で好きな時間にいって下さい。バイキングですから。」
 解散前にKさんが言った。
 「卵の調理法法の希望を聞かれますけど、スクランブル、フライ、ボイル、
かたかなで通じます。分からなかったら、日本語のメニューが付いてますから、メニューを指すだけでいいです。」
(「卵のフライィィ!」と横で母が興味を示したが、「Fried egg」、目玉焼きである。)

 なるほど、ホテル側も心得ているのだな、とわたしは思った。

 ところが、翌朝、元気のいい「Good Morning ! ]の集中攻撃に応戦しつつ、案内された席についたものの、なかなかオーダーを取りにこない。4人揃って待つのも意味がないので、義母たち3人が先に料理を取りに行った。が、コーヒーはきてもオーダーは聞きに来ない。戻ってきた義母たちが「メニューを指すから大丈夫。」というので、わたしは席を立った。(その間、5分程度だと思うのだが)驚いた事に、戻った時には、ハムとウインナーとベーコンが添えられたスクランブルエッグが席の前に置かれていた。
「え? スクランブルにしたの?」
「ううん。勝手にきた。」
「え?」
「な〜んも、注文聞きにきはらんかったわ。Kさん、ああゆうてはったけど。」
「え?」
「ちごぅとったんやね。アツアツやわ。おいしいですね。」
「え〜?」
 どうして? どうして、頼んでもないものを出されて、納得してしまうの?
.....と思いつつ回りを見ると、同じツァーの人も、違う人も、皆スクランブルエッグを食べていた。やはり自動的にでてきたらしい。Kさん自身も「チョイスできるはずなんですけどねぇ。」といいながら、同じものを食たようだった。100人を超えるような団体客をうけいれているから、対応が変わっていたとしても不思議はない。
 とはいえ、その次の日、わたしたちから離れたテーブルの(こちらから見れば)外人さんのところに目玉焼き が運ばれて行くのを目にしたわたしは、無性に目玉焼きが恋しくなった。
 わたしたちと、その回りのテーブルにはあいかわらずスクランブルエッグが並んでいた。 隣の芝生はなんとやら、で、前日においしいと言って食べたスクランブルエッグよりも、目玉焼きははるかにおいしそうに見えた。
 明日はぜ〜ったい目玉焼きを食べよう! そうしなけてば、2度と味わうことができないものに対するかのごとく、執着が強くなった。
 そして、3日目の朝、わたしは席まで案内してくれたスタッフを逃さずに頼んだ。
「お願い。卵は目玉焼きにして。」
 すると彼女はニッコリ笑って、紙と鉛筆を取り出した。
「ハイ! 目玉焼きね。つけ合わせはベーコンとソーセージとハム、どれにしますか?」
 昨日も一昨日も、ぜ〜んぶ付けていたのは、文句を言わせない為だったのね
などと思いながら、わたしはベーコンを選んで、それから義母たちそれぞれのリクエストを伝えた。3日目にして、当初の予定通りコトが運んだ。
 あとから来た同じツァーの人たち数人に、なぜ、目玉焼きを食べているのかと聞かれたので、説明した。Wさんの娘さんは、それなら、と席を立ってスタッフを追いかけ、他の何人かも、コーヒーポットを持ってまわっているスタッフに メニューを要求していた。

 「なめられんようにせんとな。」
 「Good Morning !」と言われても、うつむき加減で無口だったおじさんたちは、目玉焼きを見て、この朝、いきなりいさましくなった。


 なめていたわけではなく、話したがらない日本人と、手間を省きたいホテルとの利害が一致した結果のだったとは思うが、この後、ホテルがサービスの仕方を変えたかどうかは分からない。

                                       

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