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4日目 3つの聖堂を巡って、4大聖堂観光完了。買い物への余力が乏しくクタクタになる。
ボルゲーゼ美術館、サンピエトロ大聖堂を見終えて、ローマ観光の目的は達成!
残りの数日はホテルでゆっくりくつろいで、軽く散策....と余裕をみせたいところですが、人間、欲があるものでして、それは、この後このまま帰国する事態になっても,需要なふたつの目的は達成したからと納得出来るという話。実際にまだ与えられた時間があるのにくつろいでいられようかというのが、ローマの4日目。
当初の日程に書かれていたサンピエトロ大聖堂観光が前日に前倒ししたことで、浮上したのがローマ七大聖堂巡りでした。
行ければ...というつもりで、4大聖堂+3箇所の7大聖堂については、住所、開館時間等を主人が一覧に起こして持参していましたから、4大聖堂の残り3つ(サンピエトロ大聖堂の他の3つ)は見てしまおうと....。
7大聖堂まで枠を拡げると、かなり行きにくいところもあるそうで、無理せず『ローマ4大聖堂制覇』で手を打つことにしたのですが,この日最初に訪れたのは、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会でした。...7大聖堂にも名を連ねてはいませんが、ベルニーニの彫刻でポピュラーな教会です。
それが左イメージ、“聖テレジアの法悦”です。
像が設置された上に窓があって、陽の光が降り注ぐ仕様ですが、目にしたのはイメージの左側。陽はまだ東側にあって、丁度真向かいに設置された彫刻に光があたっていました。見に訪れるなら、晴れた日の午後がいいと言うことになるのでしょうけど、ホテルからのルートを考えると、ここを午後のいい時間に併せて訪ねる余裕はありませんでした。
時間帯のせいでしょうか、内部に“観光客”はわたしたちだけで...見ると近くにコイン投入口が、やはりありました。照明と日差しは違うでしょうけど...せめてと、ポシェットから小銭入れを取りだそうとしたところ、近くにいた婦人(印象としては地元のおばちゃん)が、コインを投入してくれました。それで、光を得た像のイメージが右側。婦人が自分も見に来て...ではなくわたしたちのためにコインを使ってくれたのは明らかだったので、お礼を言いました。
「太陽がこっちに来ると、そこの上の窓から本物の陽が
差し込んでくるのよ。少しづつあかるくなって、それからパア1っと光につつまれるの!角度や強さはその日そのときでちがうけど、上から光が注がれて、こんなふうにパア!と輝くの!」,,,,と、沢山の言葉で説明してくれました。
言葉はさっぱり分からないながら、内容は理解出来る...おそらくほぼ正しく受け止めることができた説明も、嬉しかったです。
なのに、出ようかというときに、再度のお礼とさよならの挨拶をすると、あたりまえのようにハグされちゃって...その瞬間にわたしはコートの下のポシェットを気にしてしまいました....。
もちろん、何事もない!
教会の中で、親切をくれた相手が、別れぎわにに示してくれた行為に警戒心を抱かなくちゃならないなんて、哀しいですね。本当に、海外旅行先で、多くの善意の第三者に接してるんですけど、それが本気の善意だったと確信出来るのが何事もなく過ぎたあとになってのことで、“そのとき”はありがとうと言いながら近づいて来た相手に警戒モードを発動中というのが...残念というか、(いろんなパターンの被害情報や、被害に合わない為のアドヴァイスなどが刷り込まれてしまって...。)心の中でごめんなさいという気持ちです。
自己嫌悪的感情は置いて、“親切な婦人”とのひとときはに気分は上々。
次の目的、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂を経由して、さらに、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂までは、歩いて回りました。7つの丘の待ちと言われるローマでも、緩やかな下りが続くルートでした。
天気もよく混雑もなく、散策のストレスは無い環境でしたが、疲労の蓄積は避け難く....大聖堂の中の椅子に座ってしばしの休憩を..というがんばりルートでもありました。

上イメージがサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の正面と内部、右下がサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂....聖堂の成り立ちや見所を、ガイド情報を引証してここで『解説』する意味はありませんが...と言うより、解説する程身に付いてはいないんですよね。
見比べれば違いは歴然なんですが、....単独だと...パリでもロンドンでもウィーンでもなく、ローマの聖堂かなと言うのは、黄金色のモザイクタイル画の印象から....ただ、正面と内部を正しくくみあわせられるかといえば、正解の自信はありません。
ベルニーニの彫刻を見た教会で親切な婦人にであって、次の大聖堂までは晴れやか気分で歩いたものの、その次の大聖堂までの下り坂が...途中で買ったジェラードも、歩きながらじゃなくその辺の縁石に腰をおろして食べたっけというぐあいで、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂に到達した時には、まずはとにかく座って休憩を優先した状況での見学で,観賞眼も休眠モードに入ってたみたいです。
記憶の引き出しに閉まって持ち帰った『見て来たモノ」』に体験フィルターを乗せて『楽しむ』のはこれからの作業となりそうです。
便利帳のガイド本が、帰国後には愛読書になるという、我家のパターンは今回もまたなんですよね。
ただ、ローマ4大聖堂の最後のひとつ、サン・パオロ・フォリ・レ・ムーラ大聖堂は、立地がはなれていて、外観の特徴も捉え易く、きっちり整理して記憶に刻むことができました。
サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂からサン・パオロ・フォリ・レ・ムーラ大聖堂間は地下鉄移動だったので、多少は体力を温存、あるいは回復できて、大聖堂内見学後は有料のキオストロ(...というらしい。中庭付きの回廊)も巡りながら、少し、時を過ごしました。

キオストロも,見るつもりで足を踏み入れたわけではなく、他者の後について行ったら、有料エリアの入り口に出たという、偶然の産物でしたが(他者の目的はトイレだったようで、そのままついて行ったら一度外に出てしまいました。トイレもありました)展示物も置かれた回廊は、大聖堂の正面から受けた印象とおなじく、何となくエキゾチック。
緑の中庭に面した回廊の上部はモザイクタイルの模様でかざられ、ねじられた柱もタイルで綺麗に色付けされていました。
密かな空間は華奢で繊細で、大聖堂の圧倒される輝きとは異なる美しさに満ちていました。
瞑想の場とも言われる回廊を何度かぐるぐるまわり歩いて後、帰り際のルート上に聖堂のショップがありました。
聖堂グッズは別に...とそのまま通り抜けて出るつもりだったのですが、
主人が、ここのショップは充実しているので立ち寄るべきという情報があったというので(この種の事前情報はなぜか混同することなくに覚えている)ざっと見て回って....結局,安さにひかれて買いました。
ゼリー5袋とトリュフフレーバーのオリーヴオイル3本。
5ユーロという価格を思うと、義理のお土産にも大活躍すること間違いなしでしたが、ホテルまでの帰り道の長さと地下鉄の利用を考えると、理性が働きました。....おもいし...。
で、手分けして持ち帰ったゼリーの一部が右イメージです。
一袋250グラム入りで、ミックスですが、ピンク系が多いのと、パープル色が目立つのと、組み合わせが2種に分かれている感じでした。
どうして、5粒だけと言うと...お土産に使い、2種類一袋づつのこしたものの、食べてみたらまさか!のおいしさで、もう手には入らないんだから大事に...という思いに反してあっという間の消費で...画像を取っていないことに気がついた時には5粒が全て...ピンク系が皆無だったのが残念です。
プヨプヨとした弾力は最小限の,とてもソフトな口あたりが『類似品が見当たらない』レベルで、こんなにおいしいなら、がんばってもっと買ってくるんだったと...(トリュフフレーバーのオーリーブオイルは価格にこだわらなければ同種のものが日本でも入手出来ますが) 今回、最も後悔したアイテムのひとつです。
最も、そのときは、その買い物の量でも、帰りの地下鉄の中では警戒レベルをあげてたんです。手荷物から意識をそらさない...荷物がふえるとストレスも増えるというわけで、スペイン広場駅に着いて、他者との距離を保てる空間にホット一息!(過ぎた警戒心かもしれませんが...)
そこからは,地下鉄駅アプローチ上にエレベーターがあるので、スペイン階段の下から上まではエレベーターをつかい、その後はホテルまで緩やかかな上り坂です。
坂を上る前に、広場近くのショップ数件で、イル・ビゾンテやサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局などローマブランドではないけど、購入を決めていた店で買い物を済ませました。
毎日,ホテルへの帰り道に通るスペイン広場。
観光帰りで、毎日クタクタ。買い物も計画的に分散しなくては、一度にあそこもここも...は無理な年になってました。
あらかじめ訪ねると決めた店を、可能な限りの省エネコースで..なので、17年前のように、ブラブラ歩きながら、とあるショーウィンドウに眼が止って、という予定外の,ガイドにも載っていないいい店発見のチャンスはありませんでした。
18/03/11 
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5日目 アッピア街道とカラカラ浴場、水道橋の遺跡めぐり。5名参加のオプショナルツアー
近場の観光スポットを制覇したわけでもなく、まして時間を持て余すゆとりもない中で、何故にわざわざオプシィナルツアーで郊外へ....と問われれば、ツアーを組み込むことで、旅の日々にメリハリをつけて、『観光体験』を押し上げる効果狙い....。早い話、自力では簡単には行けない場所の観光は、達成感に直結するんですよね。しかも、道中は黙ってバスに揺られていればいいというわけで、ツアー参加は、我が家ではある種の“休息タイム”でして、棒になった足を休めるべく、半日ホテルで昼寝コースに陥らないための自衛策でもありました。
達成感という点では1日ツアーがいいのでしょうけど、ホテルから離れた場所に朝早い時間に集合する気合いが....かなり鈍くなりました。朝ごはんはゆっくり、しっかり食べたいし...(それ故、常時出遅れ感はありましが..。)
と、今回は午後出発の半日コース。
集合は14時前の3.5時間コースだったので、少し遅めの朝食のあと、公園を散策がてらボルゲーゼ美術館のショップ立ち寄よって、カタログを購入しました。見学当日は....お時間ですよと一斉に退館させられたゲストで、大層混み合ってましたから、出直すつもりで、ショップは見てなかったんですよね。
購入したのは日本語版のボルゲーゼ美術館ガイド、
英語版(日本語版なし)のベルニーニのローマ市内にある彫刻作品ガイドと、それよりも紹介作品数が多く、エリア別にマップも併記されているイタリア語版の3冊。レジのスタッフがに「これはイタリア語だけどいい?」と確認されたので、英語版もあるのかと期待したら、イタリア語しかないという...淡い期待は一瞬で潰えましたが...記事は読めなくても、マップに記された所在マークと施設名称は理解できるので、市内でベルニーニの作品を見て歩くには有益な一冊と判断しました。
マイバス社に集合後、バスに乗る前に引率されたのが、すぐそばにあったサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会(上イメージ、左側の2枚)で、古代の大浴場跡にミケランジェロの設計で作られた教会だそうで、外観箱はこの後に見るカラカラ浴場と似ていました。遺跡....そのままなんですね。館内は一部修復中で、半透明のビニールで覆われている部分も少なからずでしたが、見所は床面の日時計だとか(左イメージ)....。
バスにはこの教会の前で乗車。
車窓からコロッセオ、フォロロマーノ、...ピラミッドなどの遺跡を眺めつつ、20分ほどの移動。“足休め”の効果は...期待うすの“近場”でした。
カラカラ浴場跡は、正直、こちらの想像力が追いつかない....。
数千の浴場があったとか、ジムやプールやマッサージルームもあり、レストラン、図書館も併設の社交場でした...とのことですが、巨大な石の壁の内側に、そもそも異民族によって水道が破壊されたことで公衆浴場の機能が失われた(はず)わけですから、浴場を連想するのが困難でした。当然水をたたえた区分もないし...床面の段差でここがお風呂場で周りが通路、みたいなわかりやすいレイアウトも残っていませんから...まあ、とにかく規模が大きすぎたの一言でしょうか。

浴場か、ジムか...それがどこに位置していたかはわかりませんが、数カ所で様々な文様のモザイクタイルの床面が保存されていました。残存しているタイル面は極、極、
極わずがですが、そのひとかたまりのわずかなモザイクにしても、手間暇を思うに気が遠くなるには十分な面積で、失われた床面については、もう感覚マヒ状態ですね。
残存のモザイクタイル面は、立ち入り制限のロープが張られているものの、見る限り特別な手当はなされておらず、見上げるばかりの壁面もそうなのですが、もう屋根もなく、水の保護もなく、いわばむき出しの状態で(極、極、極わずかとはいえ)これだけ現存していることには驚かされました。(アルファ・
リゾート・トマムのロゴプールの、イタリアモザイクタイルで設計されたはまなすの床面は、1シーズンもたずにタイルがはがれたりして、管理の大変さをにじませてましたっけね。)
余談ですが、ここの公衆トイレで、私は用を足したあと、個室から出られなくなり、他国の観光客に救出されました。
ドアのロックが、丸い突起状のダイヤルを回すように捻って
...の仕様だったのですが、さあ、開けようと、逆方向に捻ったところ、反応なし!ドアが動かないわけです。
あれ?右周りだと思ったけど、逆だったかなと、反対回しにしても、ドアは動かない!ダイヤルはどっち方向にもくるくる動くので、やり直してるのが繰り返してるのがわからなくなって...本気で焦りだしたときに、外から「ドゥ ユ ニード ヘルプ?」という、ものすごくわかりやすい英語がきこえてきたので、「イエス!ヘルプ ミー!」と即答したところ、なぜか、押しても押しても開かなかったドアが、
外からすっと引かれちゃって...。ロックは、はずれてた...のでしょうね。
ちゃんと、お礼は言ってから去りましたが、同行の他の観光客の一人はすんなり出られたようでトイレ内に姿はありませんでした。1時間半ほど前に同じツアーに参加して行動を共にしているだけの関係の5人のうちのふたり...一緒にトイレに向かっても、そこで待っているほどの関係ではないわけで、トイレの外、少し先で他者と一緒に、いやに遅い一名(わたし)を待てってくれましたが、閉じ込められた話をすると、まともに驚かれまして....特にドアが開きにくかったとか、コツが必要とかの話にもならず、外から簡単に引っ張って開くドアが中から開けられなかった原因は不明のままになりました。
わたしにとっては、とんでもないハプニングで〆となったカラカラ浴場を後にして向かったアッピア街道のでは、オリジナルのまま残されている石畳をスローテンポで、ガイドの解説(工事の方法など)を聞きながら歩きました。
その間に、車が来るたびそのたび、わたしたちは道の真ん中から、脇へよけて、走り去るのをみおくりました。
アッピア街道で連想するのは、クオ・ヴァデスの逸話
です。
キリスト教徒への迫害が激化するローマから逃れようとしたペテロが、蘇ったキリストに出会ったという街道。 クオ・ヴァデスは『主よ、どこへいかれるのですか?』という問いかけで、キリストの答えは、黙ってローマをさ指したという言い伝えもあるし、ペテロがLローマを見捨てるなら自分が...との雄弁な答えを伝える話もありますが、当たり前ですが、観光客が集団でブラブラと歩いて、実感が伴う話ではありません。
ただ、そういう奇跡の舞台が2000年以上のを超えて、オリジナルで残されていて、しかも当時は存在していなかった車が車体を揺らしながら走り抜けていく時代に、道はまだ
道として在る事の凄さを、実感してきました。
古代ローマの土木工学、技術力を知らしめす遺跡は、他国にも点在して、観光の機会もありましたけど、遺跡が在るというより、遺跡の中に(現在が)在る感は、さすがの“地元”というべきでしょうか。
そして、最後の下車観光が、水道橋。
水道橋公園と言われるエリア内には数本の水道橋が通っているということですが、わたしたちが、下車して、すぐそばで観光したのは、イメージ下のクラウディア水道橋、完全な状態ではなく、振り向けば崩れてしまって...ですけど、視界の届く先の先までアーチ型の橋脚が連なってのびている遺跡は、見応えがありました。2000年近い時をへ経て在る一部が、重いです。

いくつか在る内の1本かと思いきや、水道橋は2段構えになっていて、名称も異なっていました。上が新アニオ、下がクラウディアだそうで...。...2本の、古代ローマの水道橋を見てきたことになるのかな。
半日、約3.5
時間のツアーでしたが、移動時間が比較的短くて、意外にに観光体感は高かったです。“足休め”効果
は低くても、“満足度”が高くてよかったね、のツアーでした。
解散は三越前。
予定通りに三越に直行して、いわゆる、“おつきあいみやげ”をそこそこ大量に調達しました。三越自体は、ブランドアイテムも取り扱ってはいるけど、中心は土産物店の様相で、便利に利用できる反面“何かいいもの”への出会いは、無理な印象。
エトロのシルクウールのスカーフや、フェラガモのネクタイなどは、補充したかったのですけど、思うものは見つかりませんでした。
ホテルへの帰路、毎日通るスペイン広場で、少し回り道をして、(初日に下見に入った)ファブリアーノに立ち寄り、必要じゃないけど、あれば嬉しい...そんな類のノートホルダー(そもそもノートをを使う事もない日々なのに)やペンケースなどの革製品の文具をいくつか購入しました。そこから先の坂道は、大荷物....お帰りなさいと迎えてくれたドアマンには、おつかれ?と苦笑されました。
18/03/11 
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6日目 5つ目の聖堂に足をのばし、フラフラになる。最古のチョコレートショップで休憩後...がんばる。
エミレーツを利用すると現地到着が夜ではなく午後...チェックイン当日も時間に余裕があるかわりに、出発も夜ではなくて午後....ホテルへの迎えが9時45分ですから、チェックアウト日は空港へ向かう以外の予定は立てられません。6日目が実質の最終日。主人が作成したローマ旅行日程(出発前計画)では、6日目は終日買い物の予定でした。
ただ、観光からの帰り道にスペイン広場を必ず通るというロケーションにホテルがあったのが、幸か不幸か、スペイン広場界隈の立ち寄りを予定していたショップにはあとひと頑張り!の気合いで毎日1〜2ショップのペースで寄り道をしてきましたから、あらかたの買い物は終わっています。
最終日に買い物に終日を費やすこともないだろうと、計画の見直しが前夜に行われました。
なんとか行ってみたいけど...無理なら諦めようと、リストアップしていた店が4箇所ありました。うち2箇所はまあ...いいねと外したものの、未練があったのがローマ最古のチョコレートショップと時間をテーマにしたショップの2店...これが徒歩ではしごは無理なくらいに離れている(らしい。私は地図が苦手)ものの、チョコレーショップの近くにはローマ4大聖堂のにははいらないけど、5大聖堂、あるいは7大聖堂のくくりになると名前が上がってくる聖堂があり、そして、時間をテーマにした店の近くにはベルニーニの晩年作『福者ルドヴィカ・アルベルトーニ』が所蔵されている聖堂がある.....。実は『福者ルドヴィカ・アルベルトーニ』は、ボルゲーゼ美術館のショップで入手した(ローマ市内の)ベルニーニの作品ガイドをめくっていて、失念していたことに気づいた作品でした。むろん、作品名も、聖堂の名前も聞いても素通り状態で、“現地での行動作戦会議”はこれ、あれの単語の乱用でしたが、映像や紙面で紹介されたのを見た記憶がある、自分たちにとっては見知っているという点で重要なひとつでしたから、ココは行かなくては!と...。
とはいえ、最古のチョコレートとと時間をテーマにした店となら、優先順位はチィコレートショップの方が高いわけで、組み合わせが逆なら割とすんなりパス決行となったかもしれない2箇所込み4箇所...1日あるからなんとかなるだろうと、サン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂(ローマ7大聖堂のひとつ、5大聖堂のひとつという話も...)〜ローマ最古のチョコレートショップ(SAID)~サン・
フランチェスコ・ダッシージ・ア・リーバ聖堂(ベルーニーニの彫刻)〜ポルヴェレ・ディテンポ(時間がテーマの店)巡りに挑戦することになりました。
地下鉄の駅から緩やかに下る一本道の先に見えてきたのが、下イメージの左端、サン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂です。

何かが行われる様子で、 見学に支障が...?の雰囲気でしたが、それよりなにより、主人が、「正面は反対側なんじゃないか」」と言い出したので(漠然とした印象だったのに、確信的表現でした。)iphonでルートをチェックしたところ、自分たちが見ている場所ではなく、現在地から右手奥へとぐるりと案内が表示されまして...で、案内に沿ってかなり回り込みむ形でたどり着いたのが、左から2枚目と3枚目..相当に広い墓地....でした。聖堂の正面まで墓地経由?という違和感はありましたが、iphonがこっちだと指し示してるし...と、進んだはいいけど、iphonルートは途中で消えました。案内は墓地まで...やっぱりおかしい、聖堂ではなく墓地に導かれたんじゃないかと悟るまで、墓地内かなり散策したので、フラフラになりました。
結局出入り口らしきものは、主人が関係者出入りの専用口っぽいと称した、最初にみた場所のほか見つけられなかったので戻り、集まっていた人の姿もなくなった扉から入った内部が、上のイメージ右側2枚。先に観た4大聖堂がどれも大規模だったので、第一印象は以外に...素朴。だから、まあ...正面を裏口だとか通用口だとかにか思い違いしたわけですけど、セキュリティチェックもなくて、“古くから親しまれた地元の聖堂”感がありました。(墓地もあったし...。私たちが聖堂内にいた時に、お葬式がはじまったりもして...。)
壁面の多くがフレスコがでしめられていて、
華やかさのかわりに温かみのある落ち着きに満ちた空間といったらいいでしょうか。
ただ、墓地巡りに時間を費やしたわたしたちには、落ち着いていられない事情がそろそろ...つまり、ふたりともトイレがあったら用を足しておきたいところだけど...という話ですが、聖堂内にそれらしきモノが見当たらないわけです。となれば、チョコレートショップを頼るしかない(カフェもレストランもある)ので....疲れたからショップはパスする?という選択肢はなく、足が棒になるのを自覚しつつ、歩きました。
チョコレートショップSAIDについては別ページでレポートずみですから省くとして、チョコレートドリンクに一息つきつつ、地下鉄駅まで戻って次の目的地へ到達する(わたしの)体力に不安を抱いた主人が、トラム移動を提案したので、即乗っかりました。
地下鉄よりも便利で快適な乗り物にみえましたしね。乗り場もわかりやすいし、現在地も、窓の外が見えてるので、わかりやすい...と、思いました。(この間違いはあとで気付かされます。)
カフェで主人が路線図をチェックしたので、
乗るべきトラムの番号と、降りるべき場所に迷うことなく、ベルニーニの彫刻を所蔵している聖堂のすぐ近くまで座って移動。快適でした。
ところが、聖堂がしまってるんですよね。休憩時間...この時間が本来書かれていた時間の上に張り紙で上書きされて、長くなってるわけです。開くのは15時...ひと組の男女が聖堂前の階段に座っていたのも、開くのを待っていた様子で、およそ15分、わたしたちも腰を下ろして待ちました。でも....時間通りには、開かないんですね〜。
わたしたちも、そして先に座っていたふたりも
、当然ロックが外されたと信じてドアを押したり、引いたりしましたが、開かない。あらかじめ、開く時間を知っていたのか15時前後には、来ては
動かない扉に悩む人たちが次々とふえてきましたけど、5 分、10分20分と過ぎる間には諦めて戻っていく人も少なくありませんでした。
はるばる日本から訪れた(訪れることを決めたのは前日でしたけど)わたしたちは、簡単には諦めきれない...ですが、ただ、待っていても時間が勿体無ないので、先に時間をテーマにした店に行ってから、戻りぎわに聖堂が開いていれば見学しようということになりました。
帰りは中心部近くまでトラムを利用、地下鉄でいつものスペイン広場への予定でしたから、店に行ってもまた戻ってこなくてはならないので、(聖堂内を)観てから買い物か、買い物してから観るかは、順番が変わるだけの話でした。
ちなみに、聖堂とショップ、それぞれに近いと思って歩くと、ま〜だ?と何回も尋ねたくくらいには離れていました。
ホテルを、あるいは現在地を基点にすると、それぞれに“同じ方向”という言い方のほうが正確かもしれません。 ですから、聖堂を後回しにして時をテーマにした店までも....それなりの距離がありました!
ついでに聖堂まで戻る時には道に迷って、 行きよりもたくさん歩きました。振り返ればいつまでも聖堂の正面が見える...簡単な一本道のはずだったんですけどね。
で、往路はたやすくたどり着いたポルヴェレ・ディ・
テンポ(時間をテーマにした店)が下のイメージ。
日時計、水時計、砂時計...かなり大掛かりなものから手のひらサイズの可愛らしいものまで、品揃えは多種。
持ち歩きに支障の少ない、コンパクトなグッズをいくつか(磁石、万華鏡、3分砂時計
など、ギフトも含めて同商品を複数)購入しました。で、支払い時に、ギストかと尋ねられたのでハイと応じると、イニシャルを問われました。
イニシャル? ....つまり渡す相手のイニシャルを封蝋で印璽してくれるというわけです。(下イメージ右側。赤い封蝋の真ん中にアルファベット一文字が捺されています。)
わたしたちの日常ではあまり馴染みのない封蝋...素敵なサービスにテンションアップしたものの、以外に時間を要しました。
蝋を炎で炙って封筒(これは...ペラペラ。緑色の紙を様々な大きさの封筒にしたてたもの。接着力が弱いのか、何枚かは、商品を入れた時点で封筒が解体しました。)の折り曲げた口に垂らしで、丸くのばして、イニシャルを押すという作業の繰り返しなんですけど、スタッフは決していそがない....。優雅な手つきでゆったりとコトは行われて、途中で、あとはもう自分用だから封蝋はパスでいいですと、言いたくても言い出せないまま、(自分用と言ったら私のイニシャルをを聞かれた。)ほんの小さな方位磁石にいたるまでひとつひとつ、封蝋でパッキングされるのを眺めて、待ちました。
時間をテーマにした店で、時間を気にするのはヤボかもしれませんが...かなり、押しました。
で、帰路多少道に迷って、
順路を逆にして最終目的地となった
サン・
フランチェスコ・ダッシージ・ア・リーバ聖堂へ。表に人の姿はなく、扉の様子も違って、開いている様子がすぐにわかりました。
しょっぱなから時間も体力も無駄に消費して、なかなかハードなルートでしたが、最後の鑑賞がベルニーニの晩年の傑作....印象深い最終日になりました。
おまけのトラブルはトラム〜地下鉄を乗り継いでスペイン広場から徒歩のホテルまでの道のり...。
行き先を確認して乗車したトラムの中で、主人が唐突に、降りる場所がわからないと言い出したのです。いえ、降りる停留所名はわかるんですが、
場所を確認できない...。次は〜のアナウンス
がないことに、驚く話ではありませんが、トラムは乗降客がいなければ黙って素通り...薄暗くなった車外は様子が見えにくく、停留所をいくつすぎたかがわからなくなって、現在地不明状態に陥りました。
結局iPhon稼働。
パリのマイバススタッフの、外でスマホを使わないように(被害多発)とアドバイスされた記憶が警戒モードを上げるので、(スマホチェック中の主人よりも、わたしの方が)ストレスにもなりましたが、現在地確認、進行方向先にあるトラム駅で、側に地下鉄駅がある場所を探し出して、“トラム脱出”に成功しました。
そこから地下鉄、
スペイン広場からの徒歩は...先は長い...の道のりでしたけど....終日頑張った達成感がエネルギー源でした。
18/05/06 
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7日目 チェックアウト
エミレーツのピックアップサービス(空港〜ホテル送迎)は、往路、復路ともに、フライトの予約時にオプションでリクエストすることができます。予約が確定したフライトと連動しているので、
入力必要事項は往路はホテル情報、復路はホテル出発の希望時間です。 ホテル出発の時間(お迎え時間)は飛行機の出発時刻から逆算して、3時間(と記憶)以上前との規定があって、希望できる時間絵枠は限られています。
初めて利用した時には、リクエストを受付ましたという表示が出たものの、その後に確認や変更の画面表示がなされず、最後までいくらかの『行き違いトラブル』を心配したものでしたが、その後は、フライト予約管理と同様に、リクエスト管理もできるようになったので、余計な心配からは解放されました。が、サービスの提供形態は統一されていません。到着先の事情でさまざま...。
ロンドンでは専用の受付と待合所がありましたし、パリでは他の多くの送迎サービスと同じように、到着ロビーで自分たちの名前を書いたボードを掲げたスタッフを探すことになりましたし、ローマでは受付担当のスタッフがいて、ドライバーを呼び出してくれました。
でも、帰りは
ホテルに迎えに来た車に乗るだけ....毎度同じと言いたいところですが、
お国柄...というよりドライバーのさじ加減でしょうか、迎えの車の到着時間は予定時刻とけっこうズレがあります。(交通事情により多少の遅れが...というには差がありすぎ) あまりに遅いのでホテルのスタッフも懸念して、あと5分待って来なかったら会社に電話してみようと言われた同じパリで、15分以上も早く来て、呼び出され、慌てに慌ててチェックアウトしたこともあります。
で、今回はイタリア、ローマです。
失礼ながら、私たちの勝手なイメージのお国柄を考慮して、送迎は早めの時間に予約を入れました。少々お迎えが遅くなっても焦らず待っていられるように....。
トランクも、時間には余裕を持ってベルパーソンに運んでもらいました。
チェックアウトに長蛇の列ができて...ということも考えにくいので、さほどの時間を取ることもなさそう..15分前に部屋を出れば十分、早すぎるくらいと、わたしたちは考えました。前回のパリではその15分よりも早い段階で『お迎えきましたよ〜。』の電話であわてたわけですけど、準備が整っていれば10分ま前だって余裕です。
しかもローマだし..。ショップでも聖堂でも、オープン予定時間を過ぎても開かず、待たされた町です。『お迎え』は多少遅れるだろうことを前提にした判断でした。
ただ、主人がホテルのエントランス部分のステンドグラスを撮っておきたいというので、
余裕に余裕を加味して行動、ロビーで余った時間を過ごしてもいいつもりで、結局15分以上前に部屋を出ました。
ロビー階 、フロントデスク周りに他のゲストの姿はなく、主人がチェックアウトの手続きをしている間に、左イメージを撮影するために、わたしは
エントランス側に移動、ドアマンとも朝の挨拶を交わしました。すると、車の準備はできているとというニュアンスの話になったので、あら、気を聞かせてタクシーを止めてくれたのかしら、迎えがくるのに...と内心で困惑し、エントランス前に停車中の車を指して、迎えの車だといわれても、それが自分たちの『迎え』とは違うんじゃないかと思いました。だいぶ早かったし....。で、わたしの反応が鈍かったからでしょう、ドアマンは確認するからと、ドライバーにではなく、フロントデスクのスタッフに、表の車は**(私たちの名前)の車だよねと聞き、デスクスタッフは、もちろん!というニュアンスの受け答えでした。
「迎え、もう来てるって。まってるみたい。」
「え?もう?」という私たちのやりとりに今度はスタッフが戸惑った様子でした。
ちがうのか?何か問題が?というわけでしょうね。いえ、何も問題は、ありません。予定より早かったからびっくりしただけですが、車来てますよ〜と呼ばれたわけでもなく、格別急がされた訳でもありません。
數十分の時間差にいちいち驚いてはいけなかったのかもしれませんが、ただ、『待たれていた』という事実に多少せかされました。
そんな状況で、撮ったのが、右のイメージ。シンボルのようにパンフレットにも載っているステンドグラスが、ほとんど黒塗りの結果になって....
ただ、残念。
ドアマンにエスコートされ、ドライバーに迎えれて、乗車!という段になって、自分たちのトランクが、すでに車に積まれて、あとは『人間待ち』だったことを知りました。(荷物は?って聞いたのよね。)
到着時同様に、スタッフの動きは機敏で
、だったということです。
....
なのに、出発の準備は整ってますよと言われたわたしは、「ウチ迎えにしては早すぎるから違うんじゃない?」と」応じたわけで...スタッフも驚いた(トランク積んじゃってるし...。)かもしれませんね。
18/05/023 
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