エッフェル塔の
     チケット売り場は袋小路

                       
                      フランス パリ

 1998年12月29日、わたしたちは、21世紀までのカウントダウンの数字がうかぶエッフェル塔に向かった。

 クリスマスイルミネーションも華やかなシャンデリゼを散策したを前日、パリの眺望を楽しもうと向かった凱旋門が、ストライキ中で上ることが叶わず、急遽候補に上がったのがエッフェル塔の展望台だった。少し距離を置いて全景を見れば良いと考えていた建造物だったので、事前の情報はあまりしていない。マップで確認した最寄りの駅を降りてエッフェル塔方面の出口を上がると、さほど進まない内に人の列に出会ってしまった。
 その列が塔に上ろうとする観光客の列だと、自然に考えるには、塔まではまだ多少の距離があった。こんなとこにまで並んでいたのではたまらないという思いが、現実を見誤らせる。
 わたしたちは、列の横を先に進み、 エッフェル塔を視界に捉えた。残念なことに、開いた口を塞ぐのに努力がいるくらいの群衆も一緒に視界に入って来た。駅の近くにまでのびていた列は、途切れることなく、塔の下に繋がっていた。
 塔の4つの脚もとに、それぞれリフトとそのチケット売り場があるようで、列の先端は4カ所に向かっているように見えた。ただ、誘導ラインも何も無い場所で、列はある部分ではまっすぐに延び、ある部分では蛇行していて、最後尾が最終的にどこに向かっているのかが判別できない。駅近くまでのびていたラインが手前の右下(一番駅より)の脚に繋がっていること確かだったが、この時点で、今来た道を戻る気分にはなれない。
 わたしたちは、塔のほぼ真下で途切れた列の後ろについた。先は、左奥の脚に向かっているように見えたが、しばらくは脚の間の方向に進んでいた。微々たる歩みだった。
  丁度、この列に平行してリフトのチケットを購入済みのゲストの待機場所があって、わたしたちが並んだときには立て案内版の前に数人が待っている状態だったのが、あれよあれよという間におおむね2列の長い列に変わっていく。そうなると先頭の案内板は、意識しない限り目に付かなくなるので、傍から見ていても、そこに並ぶべきではないゲストが、チケット購入の目的で混ざってくる。これがまあ、余所事だからとも言ってられないわけで、なんとなれば、優先的に案内されるその列は10分から20分もすると、先頭部分に(チケットを持って)待機していた一群がいなくなるのだが、その時点で、初めて案内板を見ることになったゲストが、違う場所に並んでいたことに気がついて...合流するのである。わたしたちが並んでいる列に...。案内板の前に出れば、合流の波は自分たちの後ろで起こるので影響は受けないが、それまで、数度、横入りされた気分を味わった。
 違う場所とはいえ、並んで待っていた「実績」があるせいか、隣の列の最後尾に並び直そうと言うゲストは(この時は)皆無で、合流は一定の間隔で繰り返されていた。もの言わぬ案内板だけでは、起こりうるべくして起こる事態と言えなくもない。
 
 列の進みは遅く、エッフェル塔はライトアップの時間を迎える。
 間もなくだわ!と、期待した左奥のチケット売り場の前は素通り。蛇行しつつ目指す目的地は、なんと、左手前の脚だった。どこかで、別の列に紛れ込んだかと感じるくらいに、グチャグチャで、TDRのキチン!とした誘導が懐かしくなる程だった。

 ところが、この後、グチャグチャの上をいくメチャクチャな状態がチケットブース前にはあった。

 チケット売り場の窓口は4カ所に分かれていて、一度に4組のゲストをさばくことができる。購入を終えたゲストは売り場の左にあるリフト乗り場で順番を待つわけだが...窓口の前でゲストがおしくらまんじゅうをしているのだ。先を争って...ではない。チケットを購入後にリフト乗り場に向かおうとするゲストの進路を、チケットを購入するために窓口に進むゲストが埋め尽くしているのだ。
 細長い列は売り場の窓口前で4つに分かれて幅広の塊になる。文字通り塊で、窓口の前に4つの列ができるのとはわけが違う。塊のまま流されながらたどり着いた窓口でチケットを買うというわけで、流れはひたすら窓口に向かっている。袋小路だ! チケットを手にしたゲストは、その流れに立ち向かってリフト乗り場に到達しなくてはならないのである。
 チケットを頭上高くにかざして「そっちに行かしてくれないかな。」「乗り場に行きたいんだよ。」と言いながら、立ち往生するゲストを見て、わたしはヤバイと思った。背の低いわたしは手をかざしたって流れに埋もれる。立ち向かえない。

 そこで、より早くチケットを買うことよりも、買った後の『安全』を重視して、わたしたちは一番左端の窓口を目指した。購入後はそのまま左によければ、乗り場に向かえる理屈で、存在しない戻り道を身体をはって戻る必要は無いと思った。
 わたしは、主人にしっかりと掴まりながら、左へ、左へとがんばった。当然ながら、チケット購入済みのゲストも後を断たないので、左端の窓口に到達するのも一苦労だ。 
 それでもなんとか目的の場所でチケットを購入。あとは、左に逃げれば乗り場に一直線、のはずだったが、なんと左側からもゲストが押して来て、わたしの予定の進路は塞がれた。窓口の前に一列で待てば問題はないのに、どうして壁の部分にまで広がるのか理解できない!などと喚く余裕もなく、左からの波を避けたわたしは、右後方に流された。強引に進路をとろとした主人は予定通り左へ...。掴んでいた手が離れ、見事に右と左に生き別れ...、エッフェル塔のチケット売り場で、「キャー!!」と叫ぶ事態に巻き込まれるとは思いも寄らなかった。

  自力で踏ん張れなかったわたしは、誰かの大きな手によって、右への漂流をせき止められ、別の誰かに腕を引っ張られる形で、強引に主人の側まで引き戻された。
 一瞬のことで.... 親切な観光客に「メルシー」と言えなかったことが悔やまれる。

  2005年5月に、渡仏した知人によると、チケット売り場前の袋小路状態に、改善は見られないようだった。エッフェル塔は、チケットの事前購入のメリットが最も大きい観光スポットかもしれない。

                                       
                                         05/07/11 

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