ハイドパークのリスは贅沢もの
     
               イギリス ロンドン 

個人旅行を計画して、早い内からホテルや飛行機の手配をしていたのに、直前になって(諸事情から)パックツアーに駆け込むことになった。飛行機とホテル以外に付いているのは朝食と送迎だけという「ロンドン10日間」のプランを選んだ。


 とっぷりと日が暮れたヒースロー空港でわたしたちを 待っていてくれたおじさんは(おにいさんだったかもしれない)なかなか、面倒見のよさそうな様子で、ホテルへ向かう車内でロンドン概略から日本のガイドブックに見られる間違い指摘(エピソード「湯沸かし器を使えたのは初日だけ」を参照)まで、テンポの良い口調で話してくれた。
 チェックイン後も、にわかベルパーソンに早変わりして部屋までついてくると、室内の備品からお湯の勢いまでチェックするという念の入れようだった。
 その彼が別れ際、大事な事を言い忘れていたかのように言った。
 「ハイドパーク、ぜひ行って下さいね。」  

 大英博物館より優先順位は低かったが、わたしたちも予定はしていた。
 するとおじさんは、ハイドパークリスの為に、朝食に出るナッツ類をちょいと失敬して持参する事を勧めたのである。リスたちは非常によく人に慣れていて、手から直接エサを取って食べるらしい。
「野生ですけど、ほんっと良くなついてますから、楽しいですよ。ぜひ、ゴハンをね、ここはナッツ類が出ますから。」と、手のひらですくう素振りを見せておじさんは帰って行った。
 なるほど、いいことを聞いた。ハイドパークに行く時にリスのゴハンは必需品だ。

 だが、しかし、経験はなくても容易に想像ができる。ビュッフェスタイルのレストランで、お持ち帰りは歓迎されるはずはない。しかもホテルのスタッフのゲストへの気配りは、スキがない。手を上げれば即座に担当者がテーブルの横に現れるし、一瞬たりともカップを空にはさせないわ、とばかり、わんこそばのごとくコーヒーは注がれるのだ。
 たかがナッツというなかれ。わたしは恥ずかしかった。主人はもっと恥ずかしいと言う。結局、わたしが皿の上から袋の中へ、人目を気にしながらひまわりのタネピスタチオを移しかえた。

 おことわり
    わたしの行為の真似をしないで下さい。
    わたしは、きちんとスタッフにお願いするべきでした。
    請求の有無は別にして、わたしたちが必要とするもの
    を、スタッフは用意してくれたでしょう。
    ホテルに滞在中の経験から、そう思っています。
    

 そして、リスたちとの未知との遭遇を期待して、わたしたちはハイドパークへ向かった。
 一国の首都の中で存在を主張する広大 な公園では乗馬を楽しむ人も多い。
芝の中への立ち入りも自由な様子の公園内に、柵で仕切られている向こう側は
動物たちの専用域だ。 木々や茂みの間に目をこらすまでも無く、リスは枝の上に現れた。ひまわりのタネ(とその他)を手のひらに乗せて見せると、すぐに近寄ってきた。本当に、虐められた事がないのだろう。ためらう様子もなく、わたしの手に前足をかけて覗き込んだが、でも、そのまま、戻ってしまった。

 あらま、おなかはすいていないらしい。仕方がない。リスにはリスの都合もあるだろう、と思っていると、別のコがやってきた。
 覗き込む、やはり、食べない。 ただ、そのコは留まって主人を見上げた。
 前足が、丁度胸の位置合わさって、おちょうだい、のポーズに見えた。
 日本から持参した柿の種を食べていた主人が、ピーナッツを摘んで差し出すと、両手(前足)で受け取って、そのコはポリポリと食べたのである。
 「お、ピーナッツ、食ったぞ。」
 「かわいぃぃ!」
などど言っていられない。ピーナッツはいくらでも食べるのにわたしの手の中は無視なのだ。さっきのコ(らしきコ)も再び近付いてきたが、こちらもピーナッツしか受け取らない。
 おまけに、食べるだけ食べた後は貯蔵作業を始めた。木の根元と主人の間を往復してピーナッツを埋めるのだ。

 「なんなの! あんたたちは!」
 通じるはずもない日本語でわたしは言った。
 「ホテルのゴハンなのよ! 人が食べてるもんなんだから、これもたべなさい!」
 「.....だから、それは嫌いなんだって。」
 みかねた主人がピーナッツをよこしたので、わたしはそれを他のものと一緒にしてリスたちを待った。2匹とも、ピーナッツのみを取って行く。
  わたしの手の中には、結局、恥じをしのんで持ち出してきたホテルの朝ゴハンがそのまま残った。

                                              
                                             

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