親切そうな人達が豹変
         
               ドイツ ローテンブルグ

 中世の面影を今に残すローテンブルクは城壁に囲まれた小さな町である。

 ロマンチック街道を巡るツァーでに立ち寄った日、町ではお祭りが開かれていて、たいそう賑わっていた。(おかげで宿泊は郊外になってしまったが。)

 「お昼ゴハンのあと、出発時間までに少し自由時間を取りましょう。」と添乗員のTさんが言った。トイツの、いわば地方の町をバスで回るツァーなので、成田を発った時から帰国まで、いつも、皆一緒の旅である。日程表を見る限り自由時間は無いに等しかったが、バスから降りて見学する度に、できる限り自由時間を、というのはTさんの意向だった。せっかくの海外で、日本人だけで固まってたんじゃつまらないでしょ、というわけである。この考えにはもちろん批判もあって、添乗員同行のツァーを選んだ意味がないという人たちもいたが  義妹とわたしたちにとってTさんは頭の柔らかい、いい添乗員さんであった。

 順調にいけば2時間くらいの自由時間のはずが、お昼ゴハンでつまずいた。
 前菜、スープ、メイン、アイスクリーム、と順番に出てくるべき料理が、途絶えるのである。食べている時より待っている時間の方が長いくらいだった。
 義妹とわたしは食後のアイスクリームよりも自由時間を選んで、ふたりだけ先にレストランを出た。

 町の中は民俗衣装で着飾った人が多く、市庁舎前の広場の幕の内側ではダンスが披露されていた。(イメージ。料金がいるのを知らずに、幕の下から顔を出したら、親切な?おじさんたちが招き入れてくれた。)少しの間、踊りを楽しんで、わたしたちはまた、出入り口ではない幕の下から這い出した。あまり、時間はない。
 実は現地のガイドさんから、ローテンブルクに名物のお菓子があるという説明があったので、それを食べるつもりだった。なにしろ、次はない可能性の方が大きいのだ。

 カフェはすぐに見つかった。ショーケースの中の見本のお菓子はガイドさんの説明通りの形態をしていて、後で出会うことになったウイーンのシュネバーレンにそっくりだった。きしめんのような、平たくて幅のある生地をボール状に丸めて揚げたものに、シュガーパウダーがかかっている。
「なんて名前?」
「読めない..。ドイツ語だもん。」
 義妹のドイツ語のお勉強はあまり役にはたたない。通りかかりのおばさまが名前を教えてくれた。わたしたちはそれを声に出して復唱し、2階にあるカフェを目指した。店内は見るからにいっぱいだったが、時をおかず義妹が「あ!あそこ、おいでって、言ってる!」と喜んで、奥の窓際のテーブルに向かった。

 4人用のテーブルに着いていたふたりは、わたしたちの目にはおにいさんとおばさんという年頃に見えた。「ココいいですか?」と聞くより早く、ふたりがそれぞれ自分達の隣の椅子を引いて頷いたので、わたしたちはお礼を言って座った。おにいさんが店のスタッフを呼んでくれたので、近くの人が食べている 例のお菓子を指して注文をした。数分前に復唱した名前ははるか霧の向こうだった。
 とにかく、よかった。と一息ついた直後である。
 おにいさんとおばさんがいきなり議論を始めた。メリハリのありすぎるアクセントと、辺りを憚らない声の大きさ、興奮した様子と..なによりもふたりの眉間に寄せられた皺が、大きな問題を連想させた。わたしたちはあっけにとられて見ていたが、その間に2,3度、おにいさんは人さし指を下に向けて苛立たしそうに空を指した。困ったことにそれが丁度義妹の椅子の上なのである。
「え〜? 座っちゃダメだったのぉ?」と、彼女が腰を浮かすと、ふたりはピタリと話をやめて、わたしたちを見た。何か話し掛けてくるが分からない。
 注文したお茶とお菓子がきたので、義妹は再び座り直した。
 同時におにいさんたちはわめきだす。「何か、不都合が..?」と一応尋ねたが お互いに顔を見合っても会話は成り立たなかった。

 「この人、トイレに行きたいのに、あたしがここに座ったから行けなくて、怒ってる..とか?」
「さっき、立っても、動かなかったじゃない。」
「あたしたちが頼んだこのお菓子のことが大嫌いで、怒ってる..とか?」
「そりゃ..注文するまで静かだったけど...でも隣でも食べてるもん。」
「もしかして、女性アレルギーで、横に座られるのがイヤで..とか?」
「まさか。」
 ふざけているわけではない。まともな原因に心当たりがないから、アホな、と思える理由をも真剣に検討した。その間にも幾度か、おにいさんの人さし指は義妹を指すように見えた。けっこう不快なものである。
「あ〜、もう! わかんない。なんだっての?」
「いいから、無視して、食べよう。」
「そうだ、そうだ。お茶が冷める。」
 すると、今度はどこからか音楽が聞こえてきた。おにいさんとおばさんは、さあ!、とばかりに立ち上がると義妹とわたしを促して窓から通りを見下ろした。
 民俗衣装で着飾った一団が演奏しながら近付いてきた。お祭りのパレードであった。いいタイミングで、いい場所にいたものである。おにいさんたちと一緒にわたしたちも手をたたいて、パレードが通り過ぎるのを見た。
 やっぱり、ふたりとも親切な人達だったのだ。「あたしたちに、パレードを見せたいけど、どう言っていいか分かんなくって、もめてたんじゃない?」というのは義妹の分析である。
 では、しきりなおしてお茶とお菓子を,と席に戻るやいなや、あろうことか、おにいさんとおばさんは再びわめき出したのだ。
 「今、みんなで笑ったとこじゃん...。」という気分だった。

 結局、時間切れで、わたしたちはローテンブルクの名菓を味わうどころか、ほとんど口にしないまま、店を出るハメになった。

 Tさんと現地のガイドさんに事細かに状況を説明して、スッキリしようと試みたが、相席も含めて、わたしたちの行動にマナー違反はないと思うという答えが得られただけだった。
「その人たちは、全くあなたたちとは関係のない話をしてたんじゃない?」
 それでも答えが欲しいわたしたちにTさんが言った。
「ドイツ語って、きつく聞こえることもあるから..。」

 つまりは、義妹とわたしが他人の話に自主参加しただけということらしい。
 逃したお菓子が口惜しかった。

                                 改稿日 01/09/13  


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