画面のレイアウトが乱れる方へ


紅茶、雑談、雑知識 スペシャルレポート


2013年11月、春摘みダージリンがまだ残っていることを期待しつつ、パリ市内のマリアージュ・フレールを巡ってきました。

数年の間に浸透した『日本の色』が目立つ店内ディズプレイは、マリアージュに限らず、出店直後のルピシア、また、ダマン・フレールにも共通していて、ブームを観た思いでした。
 2013年秋、おなじみの店で見つけた パリの紅茶事情をご覧ください。

                     2013年11月23日  

  
 
    

 マリアージュ・フレール

 今回、最初に、そして滞在中に複数回立ち寄ったのはマリアージュ・フレール リヴ ゴーシュ店でした。
宿泊ホテルからの距離はわずかにワンブロック...ホテルの前を表通りとすると、裏通りに面した角に見慣れた設えの店はありました。入り口は2カ所、特に区別を記す案内は無かったように思いますが、ひとつは、2階のサロン・ド・テ用エントランスとも言えそうな位置関係でした。(売り場スタッフと視線をあわすことなく階段を上がることになります。)

  右イメージ、柱の左側が正面(多分)で、こちらの入り口には写真撮影禁止マークが貼られていました。イメージからは途切れていますが、右側にも入り口があり、開ければすぐに2階へ続く階段という設え。
 夕方4時過ぎの店内に先客は2名、わたしたちの後から2〜3名が出入りしたくらいで、買い物はしやすかったです。後日利用のサロン・ド・テでは,15時30分頃はかなり空いていましたが、その後にどんどんゲストが増えました。夕食時間の遅いパリでは、ティータイムも遅いんでしょうか?(その時間からアフタヌーンティーを注文した我家では、当然のごとくに夕食はパスになりました。)

 一階のショップで、我家の目的は、春摘みダージリンの残り物と、ヒマラヤのお茶、そして、 茶入れとポットでした。

 今季は、5月に東京店に寄る機会を得て、我家の春摘みストックにも余裕はありましたが、それはそれ、東京店にも入荷しなかった品種や、購入した物でも補充したい品種など、マリアージュ・フレールのパリ店に対する期待は高まるばかり...の状況で、“ご近所”ロケーションは最高でした。買った物を持ち歩かなくていいんですものね。


 店に入ってすぐに目とまったのは、カラフルなラベルが貼られた2013年の春摘みダージリン専用の缶。前回(2010年4月)マレ店で初めて見かけた NOUVEAUラベルは、夏が過ぎ、秋が来ても、大きな顔で目立ってました。
 春摘みではなく新茶というカテゴリーは、パリでも定着したのでしょうね。マレ本店ではNGでしたけど、リヴゴーシュ店のスタッフは「ご自由にどーぞ」 ということだった(入り口の撮影禁止ラベルに気づかず、スタッフに尋ねました。)ので、圧巻の NOUVEAUラベルの撮影が叶いました。

 ありがたいことに、殆どの缶(品番)は中味が入ってました。
 この時期でも在庫があると言うことは、ひと昔前と同様に、新茶とはいえオールシーズン入手可能な状況は変わらないとも言えそうですが....リストにある春摘み数十種にたいして、 NOUVEAUラベルは10数種です。リストの春摘みがずべて取り扱われている前提にたてば、新茶ではない春摘みもかなりあるということになりますけど、単なる春摘みダージリンは存在価値を失っている印象ですね。香りの繊細さやリップスの状態とともに、スタッフの説明にはフレッシュという単語も多用されるようになった気がします。
 
 購入したい茶葉に関してはあらかじめリストアップしていたのですが、店に持参するのを忘れたわたしは、記憶をたよりの交渉でした。残念ながらナムリン・プーモング・アッパーは完売でした。他の店に残っている可能性を尋ねたところ、スタッフはどこかに電話で確認してくれましたが、細かな状況(各店のストック状況が電話一本で確認できるかどうか...。)はわかりません。やはり、無いという結論に達したらしく、プーモング・アッパーに最も近いテイストの品種を紹介するといって、見せてくれたのが、1026のALOOBARIでした。プーモング・アッパーほど香りに迫力はありませんでしたけど、滑らかでバランスのいい口当りは....にているかな...?この茶葉は、後日2階のサロン・ド・テで飲みましたが、淡い水色の軽やかな風味のお茶でした。(我家では少し茶葉料を増やして入れています。)

 パリ滞在中に、マリアージュフレール、マドレーヌ店とルーヴル店にも立ち寄りましたが、プーモング・アッパーはありませんでした。

 ALOOBARI はリストアップしていた茶葉の一つ(店頭では思いだせなかった)でして、ブルーム・ディマラヤ、ゴールド・ヒマラヤ、おなじみブルーム・フィールド等、予定していた茶葉の大半は、リヴ ゴーシュ店で入手出来ました。
 ついでに白茶を何か...とリスエストして、勧められたのが、ホワイト・ヒマラヤ。シルバーチップス100%の極上茶でした。

 
茶葉の他に、わたしが興味を抱いていたのが、 ポットと茶筒でした。
 ポットは、3年前に購入した物の色違いをと考えていたところに、鉄瓶が横入り...。マリアージュ・フレール パリのHPに紹介されていたのを主人がみつけまして、鉄瓶とはいっても湯沸かしではなくポット仕様のもので,小ぶりでカラフルな色づけが可愛らしく思えたのでした。茶筒も、開化堂を連想させられるシェイプにマリアージュのロゴつきで、ロンドンのポストカード ・ティーのマリアージュ版かもと推察したのです。ただ、鉄瓶にはマリアージュ・フレールを特定する印はなく、輸出専用色にこだわるのでなければ、割高の国外で買う意味は無いと感じました。(品番が同じなら,日本価格よりも数千円高です。)
 ガラスケース内に鎮座していた茶筒も、実はフランス製で、開化堂とは無縁でした。フランス製で、こういった商品が作られていること自体興味深い現象なので、小さいタイプを一つ購入することにしました。が、これにしますと決めてから商品が準備されるのを待っている間に、スタッフが、特別仕様の日本製の茶筒があると、魅惑の情報を持ってきたではありませんか。
 ....いえ、別にメイド・イン・ジャパンの茶筒がが欲しかったわけじゃばくて、開化堂の茶筒にマリアージュのロゴがついていたらおもしろいな〜と....いう本音を正確に伝える英語力が不足していたわたしは、案内されるままに“トシユキ”がマリアージュ・フレールのために制作した錫製の茶筒をひとつ、買ってしまいました。
 ちなみに“トシユキ”とは喜多俊之氏のことだったことを、帰国後、神戸店のスタッフから知らされました。かなり前の企画モノだったよで、『日本色』は最近に限ったことではなかったのかもしれませんね。

 でも、鉄瓶の充実度は急激に高まったように思います。

(イメージは左からマリアージュ・フレール、ルピシア、ダマン・フレールの店内、鉄瓶コーナー)



 抹茶茶碗に茶筅、茶杓、サロンではサンドイッチやサラダの薬味に、抹茶塩やゴマ抹茶が用意される時代煮なりました。

 思えば、マリアージュ・フレールの国外発出店が日本、20年以上前のことになりますが、当時のお茶の本には、茶の湯の伝統を持つ日本に、マリアージュ・フレール流のお茶の文化が受け入れられたと記されています。時を経て、日本のお茶文化がパリで受け入れられている現状は
(通りを歩いているとしらないサロン・ド・テのガラス越しに見えるテーブルの上にあるのも、陶器ではなく鉄瓶のポット!)おもしろいですね。


 ルピシア(旧レピシエ 本ページのタイトルは当サイト内のレポートに関連つけました)

 日本ブーム(東洋ブームというべきでしょうか?)に乗っかたようなタイミングで、出店したルピシア、パリ店。

 奥行きのある店内が通りからでも見渡せるガラス張りの明るいイメージのショップでした。

 
 入り口横に試飲コーナーがもうけられていて、この日は、パリ店限定のBonaparte No40が振る舞われていました。緑茶と紅茶のブレンドだそうです。オープン間もない店はそれなりににぎわっていましたが、様子見のお客が多い感じで、用を足すのに順番を待多なくちゃならない程ではありませんでした。

 中央に飾り棚を兼用したパーテーションがあり、向って右エリアは壁面が茶箱(中はおそらく50グラム入りパッキング袋)で埋められ、カウンターが設けられていました。左エリアは右側よりも奥行きがあって、壁にそって作られた棚に商品が陳列されていました。手前に並べられていた袋要り茶葉は、紅茶ではなく緑茶、ルイボスティーの類だったと思います。奥には、茶器類....。

 ルピシアでもポット仕様の鉄瓶が取り扱われていましたが、それ以上に目立っていたのは、玉川堂製の銅製品でしょうか。

 メイド・イン・ジャパンの逸品は、ティーポットというよりも急須そのままでしたが...ま、ポットなんですよね。
 お揃いの茶筒も、日本ではおなじみの商品ですが、異国の地で見る違和感は、レア物の付加価値を高めている印象を受けました。
 
多くの商品には、ルピシアのロゴも(ラクダのモチープ)刻印されていて、日本国内ででも限定品には違いないんですけどね。日本でも発売されていることを知らないままに、(パリ店で)現物を見てしまったので、我家には無い型の平缶(右イメージ 下段。レピシエ時代から続くルピシアのスタンダード型缶。)危うく購入しそうになりました。
 もともと、中央に上ラベルが貼られただけの缶はあまりにちゃちで、容易く錆びるし、コーティングもほどこされていない紙ラベルは汚れ易いしで、(茶葉の)缶入りの魅力はゼロを越えてマイナス値だと言うのが我家の評価でしたから、(玉川堂製の)きちんとした茶缶には、かなりのインパクトを受けました。パリ出店を機に発注されたラインナップだと思いますが、価格もさすがに...でして、わたしには、ルピシアのロゴ(オリジナル)にこの金額は高すぎました。
 マリアージュフレールのオリジナル茶筒は、これ以上の値段で買ってしまったことをかんがえると、ルピシに対しては、やっぱり,自分は醒めてるんだと自覚しました。
 
 世界中のいいお茶を、直接輸入することで安く提供するという、レピシエ創業の理念が失われて久しいルピシアに対して、ちょっと....好意的に評価出来ない部分があるのでしょうね。

 50グラム単位で完全パッキングされた茶葉は、衛生的だし、鮮度も保てるし,手間も省けて、買い物の時間も節約出来るしと、
メリットは少なくないとは理解できるんですが、それって、缶入り、袋入りの茶葉をデパートやスーパーで買っていた、マリアージュ・フレール日本上陸以前と変わらないよね、と思ってしまうんですよね。茶葉を見て、香りを確かめて、気に入った茶葉を目の前で袋詰めするというシステムを、いつの時点でやめたのか.....イベント会場で販売する際の便宜上のパッキングかと考えていたら、50グラム袋単位販売が標準になってしまって、スタッフとのコニュニケーションは激減した印象があります。市場ではなくスーパーマーケット化といえばわかりやすいでしょうか。
 レピシエ改めルピシアの品揃えはともかく、専門店としての魅力は(スタッフのお茶に対する知識や愛着も含めて)随分貧弱になったと、わたしは感じていました。あらかじめ目的の商品が決まっていて利用するには便利な店だけど....発見や、感動に繋がる出会いは、余り期待できない雰囲気になってしまいました。

 それは、パリ店でも、あたらずとも遠からず。
 対応してくれたスタッフは、感じもよくし丁寧でしたけど、基本的には商品をとって、はあるいはスタッフにとりだしてもらって、レジで清算をするという、スーパーマーケット的な感じは拭えませんでした。お茶の店としては広い通路と陳列棚のせいかもしれませんね。

 言い換えれば、とりあえず見るだけでも...と、入店し易い解放感はありました。

 
 日本茶や焙じ茶などの、日本ブランドならでは品揃え
は他店をしのぐ内容ですし、高くはない敷居も“強み”の一つになるかもしれませんね。

 でも、お客はもちろん、店のスタッフも、この、日本のティーブランドが,マリアージュ・フレール流に倣った代理店スタッフの理想から誕生した経緯はしらないんでしょうね...。
 満を持してのパリ殴り込み...てきな印象をもつのは、我家の先入観のせいかもね...などと自分に言い聞かせつつ、ひとしきり、昔のこと(マリアージュ・フレールとレピシエの不思議な関係参照)を思い出しました。

                                      13/11/23 

 

 

 ダマン・フレール

 ダマン・フレールとの出会いは数年前、大規模な改装が完了した難波の百貨店内でした。サロン・ド・テ(某フレンチレストランとのコラボでした。)併設した売り場は、さほど広いスペースではありませんが、通路に面して仕切られていて、目を惹きました。 またまた新たなティーブランドかと思いきや、ルイ14世時代から続くフランスの老舗紅茶ブランド「ダマン」という紹介(案内紙)に驚かされましたっけ。
 ただ、ダマン兄弟が紅茶専門店ダマン・フレール社を立ち上げたのが1925年と言うことなので.....現在の店が数百年前からづついているわけではないようです。創業1925年でいいような気もしますが、ダマンのパッケージ等には1692の数字がくっついています。もっとも、気になるのは数百年の差よりも、果たしてパリに現存するのかどうかということでして....なにしろ、***PARISと言いながらパリでは茶葉販売はしていない紅茶専門店もありましたしね。

 ダマン・フレールの店はありました。

 パリ旅行出発前に、主人が住所を頼りに,ヴォージュ広場のすぐ側に店の場所を絞り込みました。が、その住所の入手経路が、今となってはわかりません。
 茶葉を詰めてもらった袋の側面には書かれているものの、それ以外には、公式HP内にも住所の記載はないんですよね。(そのHPは主人が以前に見た内容と違うらしい。)ともあれ、マップの上と主人の頭の中にはダマン・フレールのショップが位置づけられ、わたしたちは迷うことなく店にたどりつきました。


 アーチ型に切り取られた外観は趣きがあり、黒を基調にした店内の様子をシックに映し出していました。
 第一印象は、いい感じの店....。入り口の扉は開放されていましたが、店内にゲストの姿はありませんでした。『ボン・ジュール』と声をかけながら入店したところ、店内中程にいたスタッフが気づき、軽い会釈(らしきもの)で、迎えてくれました。が、正直、第一印象撤回で、感じはいまいちよろしくありませんでした。なんだかね〜、暗いんです。

 黒いお茶缶のせいでとは言えません。それを言えば、マリアージュ・フレールだっって、黒い缶で壁面がおおわれているわけですから。
 灯りの加減もあるのでしょうけど、一番の原因は、多分、スタッフの様子だったと思います。
 実は、最初に目が合ったスタッフは、日本人?と見えたのですが、先方からはひとことも話しかけてこないんですね。接客中でもなければ、何事かに忙しそうな様子でもない状況で無言というのは、国内外を問わず、あまり、なかったような....ちょいと覗くだけで、そそくとおいとまするくらいの間というならともかく、こっちはしっかり店内に入って、物色してるわけですから、「お伺いしましょうか?」くらいの一言はあってもいいと思うんですが、一言どころか、いわゆる接客の気配も漂ってこないのです。主観で言えば陰気な雰囲気の店でした。


 ただ、わざわざヴォージュ広場まで寄り道をした目的はこの店だけ。手ぶらで戻るのは、費やした時間も体力も無駄になるという思いもあって、何かを買う気で、わたしは店内を見て回りました。
 
 店内入り口寄りに缶入り茶葉、ギフト仕様のセットものが陳列されていて、中央には四方からアプローチできる茶葉のサンプルコーナーがありましたが...マリアージュのように、目星をつけた茶葉が無い状態では、買うべき茶葉をなかなか選別できません。それで、あんまり(一見は)愛想の良くないスタッフにアドバイをもとめました。対象を、日本未輸入か、あるいは店舗のスペシャリテ茶葉に絞ろうと考えたのです。ところが、やっぱり日本人(多分)だったスタッフは普通の日本語で、言いましたね。日本にどれが輸出されているのか、自分たちは情報を持っていないので、判らないと...。
 う〜ん、立ち寄る予定なら、日本で入手したティーリストを持参しなかったわたしがうかつだったということでしょうか。代表的な茶葉は....アールグレイ・グールース(これは日本で買えます。)。尋ねたことには即答があるものの、そこ止まり。不自由のない日本語で話しているのに、会話が続かないじゃありませんか。(店内撮影は、スタッフが写らなければOKと言うことでした。))


 結局、購入したのは、アールグレイ4種でした。
 0番・Earl Grey、233番・Great Earl Grey ,395番・Ear Grey BIO,160番・Earl Grey Gout Russe、サンプル台(左イメージ、左側)レジカウンターに向かい合う一辺の端から4つ.....。
 アールグレイのバリエーションを飲み比べるのも面白いという判断でしたが、じゃあ、アールグレイでも買って帰ろうか...という,消極的選択でもありました。
 セルフチェックのサンプル台は確かに便利でしたけど、尋ねるより、自力で選びなさいといわれている気分で、(実際そういうことなのかもしれません。)適度なところで手をうったというのが本音だったでしょうか。

 
 それぞれ100グラム、袋に詰めてもらって....合計が33.8ユーロ!
 あまりの安さに驚きました。レシートをみると、160番のアールグレイ・グールースは5ユーロなんですよね。この時一番高かった233番でさえ13ユーロでして、サンプルの蓋を開けて人目惚れした美しい茶葉の価格と結び付き難い安値でした。
 日本国内で販売のダマン紅茶は、日食が輸入しているようですが、改めて見ると、大半が1500円以下の価格帯で、現地価格5ユーロの160番は1260円でした。
 
 いい茶葉をよりお安く....レピシエ創業時のキャッチコピーをダマンフレールで実感させられました。

(これでスタッフに微笑なりともあればねぇ〜)

                                      13/11/29